深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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モンテーニュ『エセー(5)』
エセー〈5〉 (ワイド版 岩波文庫)エセー〈5〉 (ワイド版 岩波文庫)
(2002/07/16)
ミシェル・エイクム・ド モンテーニュ

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 もしも私に向かって、ミューズの女神をただ慰みのため、暇つぶしのために用いることはこの女神の品位を落すことだと言う人があるならば、その人は、私と違って、快楽や遊戯や娯楽がどんなに価値があるものか知らない人である。私はむしろ、それ以外の目的こそすべて笑うべきものだと言いたい。私はその日その日を生きている。そしてはばかりながら、ただ私のためにだけ生きている。私の目的はそこに尽きる。私は若い頃に見せびらかすために勉強した。その後は少し賢くなるために勉強した。いまは楽しみのために勉強している。けっして何かを獲得するためではない。こういう家具でもって、私の必要を満たすのみならず、そこからさらに数歩を進め、床や壁を飾ろうという空虚な金のかかる考え方はずっと前に捨ててしまった。

モンテーニュ『エセー(5)』


 岩波文庫版「エセー」六分冊の五分冊目読了。長かった「エセー」も後一冊200ページほど。

 モンテーニュは1580年に「エセー」一、二巻を発表した後、1588年に一、二巻に大幅に手を加えるとともに第三巻十三章を付け加えた。この五分冊目からその第三巻に入る。

 より晩年の筆になるこの第三巻は円熟した語り口で伸びのびと自らの考えを展開しているように見える。

 断定を避けるような部分は目立たなくなり、自信と力強さを感じさせる文章でさらに楽しい読みものになった。
 性生活を隠したがる社会に疑問を呈し、人間の性を強く肯定する「ウェルギリウスの詩句について」といったモンテーニュ独自の見解も示されている。

 私はあくせくせずにこの世を楽しみ、まあまあという程度の生活ができ、自分にも他人にも厄介にならない生活ができさえすれば、それで満足である。

モンテーニュ『エセー(5)』


 こういった肩肘はらない生き方は本当に見習いたい。

他の記事はこちら。
モンテーニュ『エセー(1)』
モンテーニュ『エセー(2)』
モンテーニュ『エセー(3)』
モンテーニュ『エセー(4)』
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