深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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山本七平『禁忌の聖書学』
禁忌の聖書学 (新潮文庫)禁忌の聖書学 (新潮文庫)
(2000/03)
山本 七平

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 聖書がヨーロッパ文学に大きな影響を与えるには、まず聖書自体がヨーロッパ文学の伝統的な形態にならねばならなかった。ユダヤ教徒とカトリック教徒の聖書の中の分け方は違う。一方は律法・預言・諸書であり、他方は
歴史書・教訓書・預言書である。この律法を歴史にしてしまったのはヨセフスだが、この違いは決定的である。というのは、律法ならばそれは時を越えて遵守すべき永遠なる神の掟だが、歴史ならそれは、過去においてこういう掟があったという記録にすぎない。それは継承もしうるし止揚もできるし、過ぎし日の物語として読むこともできる。そうなれば旧約聖書の歴史書の中の面白い物語は、当然にそれ自体が西欧の物語文学として読まれうるし、また文学・美術の素材となりうる。ユダヤ人も後に旧約聖書を法規と説話に分けた。だが説話は西欧文学とはとは別のジャンルに属する文学形態であり、その文学的発展は、年とともに大きな開きを見せるようになった。
 ではヨセフスのやったことを一言でいえばどうなるであろうか。彼は『ユダヤ古代誌』というヘレニズム世界の文学の中に聖書を組み込んでこれをヨーロッパに提供したのである。ここに文学の中の聖書の最初の例があるといってよい。ユダヤ教徒は絶対にそのようなことはしなかったし、するはずもなかった。

山本七平『禁忌の聖書学』


 本書は、聖書が文学や絵画に影響を与えた部分を、原典に当たりながら読み直していくもの。「聖母マリア」や「処女降誕」といった題材がどのように受容されていったのかを辿っていく。

 その他に、ヨセフスが果たした役割や創世記のヨセフ物語、ヨブ記、雅歌、最後の晩餐といったテーマが扱われている。

 現在一般に読まれている聖書はルターが旧約はヘブル語、新約はギリシア語を原典とすべきとしたが、それまで西欧で受容されていたのはギリシア語に訳された「七十人訳聖書」であり、その文学や絵画への影響を考えるには「七十人訳聖書」に当たる必要があるとする。
 聖母やヨセフに関する章も面白いけれど、最も興味深かったのは、やはりヨブ記に関する章。「オイディプス王」などと比較しながらヨブ記を読み直している。

「塵灰の中で悔い改めます」という印象的な最後のヨブの言葉も、七十人訳では「塵灰にすぎないのです」という意味になるらしい。また終幕に当たるヨブのその後に関しては後世に付け加えられたものだという。

 ヨブ記の作者は本当に「人の義」とは違う「神の義」に従うことを善しとしたのだろうか。突然終わってしまう「ヨブ記」の結末には何ともいえない重々しさがある。
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