深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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山本七平「聖書の旅」
聖書の常識 (山本七平ライブラリー)聖書の常識 (山本七平ライブラリー)
(1997/11)
山本 七平

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 こういったことは理屈ではない。民族は民族としての心情をもつ。それを外部からおかしいと言っても、雑音じゃないかと言われても、その言葉自体が意味をなさない。従って、彼の心情を持ち得ぬ私が、本物のベドウィンと彼の言葉から別のことを感じても、またそれが、不知不識のうちに彼が予期したであろう共感とは全く別のものであっても致し方あるまい。聖書に関する知識や知識関心なら彼と競うことも共有することもできる。それによって、国境も伝統も民族性も越えて親友になることもできる。だが、あの感動は共有できない。知れば知るほど、それが相互に不可能であることを知る。それを無視して「相手の立場に立って」などと言っても、その言葉自体が無知の表白にすぎないのであろう。私はこの点で、サムの人格的な位置に立つことはできない。

山本七平「聖書の旅」


 この「聖書の旅」は、ライブラリー版の『聖書の常識』に併せて収められているもの。イスラエルの旅行記で、表題作に劣らず興味深い。

 イスラエルを何度も訪れている著者が、聖書ゆかりの地を訪れながら、ユダヤ人の歴史をたどっていく。出エジプトからバビロン捕囚までたどったあと、ヨハネやサロメまでの時代までとび「ユダヤ戦記」に描かれたディアスポラまでが描かれている。

 当時のイスラエルに住むアラブ人やユダヤ人と交流し案内を乞いながら、聖書の時代を往き来する筆からは、著者の感慨が伝わってきて面白い。
 その荒地と砂漠を自分自身も見たくなるけれども私の聖書の知識は不十分なので、「各国のVIP」たちのように、これほど多くのことは見れないだろうと思う。

 特に印象的だったのは、ダビデとヨセフス。サウルに追われ、ペリシテ人を欺きながら南北の部族を統一してしまうダビデは不思議な人物で、読んでいてはらはらさせられる。

 ローマ軍に追い詰められ、くじをひいて同胞が死んでいく中、運命的に最後まで残り、投降することを選んだヨセフス。彼の著作に親しみながら、複雑な感情を抱くユダヤ人の姿は胸を打った。


 イスラエルを旅しながらも著者は日本にも目を向けているように見える。彼らと自分は決定的に違うという現実主義的な目で見つめている。「知れば知るほど」という言葉には、はっとさせられる。

 また著者は世界が再び混乱に突入していくのではないか、そしてその時、日本人は敗れざるを得ないのではないか、という危機感を抱いているように思われる記述がところどころにある。

 それは単なる想像だけれども、それぞれの民族の違いに自覚的であろうとする冷静な著者の視点は学ぶべきところが多いのではないかなと思う。
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