深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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スーザン・ジョージ、ファブリッチオ・サベッリ『世界銀行は地球を救えるか』
世界銀行は地球を救えるか―開発帝国50年の功罪 (朝日選書)世界銀行は地球を救えるか―開発帝国50年の功罪 (朝日選書)
(1996/12)
スーザン ジョージファブリッチオ サベッリ

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 ここで私たちが理性的に対処できるのは、貧困とは、世銀がマクナマラ以来捉えてきた、状態ではなく、関係であると指摘することだけである。すなわち、まず何よりも貧困でない人との関係が重要である。そしてまた国家との関係が重要である。そしてまた国家との関係、個人および集団の権利の法的・社会的枠組みとの関係、地域や家族、他の連帯しあえるネットワークとの関係、世界経済との関係、なども重要である。貧困とは、単に個人がどれだけの量を奪われたかの状態ではなく、ある社会における人間の相対的位置を示し、一連の物的・非物的財やサービスをどう利用できるかを表現している。このことが、アマーティア・センのようなすぐれた現代の経済学者が、仕事の全体を通して、権利と権利付与に言及し、貧困層をのみ痛めつける飢餓と飢饉について、「権利付与の失敗」として語っている理由である。

スーザン・ジョージ、ファブリッチオ・サベッリ
『世界銀行は地球を救えるか』



 グローバリズム関連の本が読みたくなって探していて、関心を持ち手にとってみた。しかし、私には少し難しかった。

 本書は南北問題に取り組んでいる著者たちが、世界銀行の全体像を批判的に描き出したもの。歴史や理念、組織の特徴など、その全体像が詳細に描かれている。

 けれども南北問題に世界銀行がどのような役割を果たしてきたかの具体例はあまり触れられず、世界銀行の内実が描かれても今ひとつ興味を持つことができなかった。

 訳者のあとがきを読むと、本書で何度か触れられている『なぜ世界の半分が飢えるのか』や『債務ブーメラン』などの著作から読んでいくべきだったかもしれない。
 ここでは世界銀行は経営志向が強く、新古典派経済学を掲げた教条主義的な面があり、その資金力から絶大的な権力を持っている、エリートたちの同質的な集団として描かれている。「持続可能な開発」というスローガンの中身も精査され、その問題点が明らかにされている。

 そして地域経済が国際経済に接合されることで貧しい国の産業は荒廃し、また政府や一部の権力者たちばかりに都合のよい政策がとられる傾向があることなどが指摘されている。

 楽しんで読むことはできなかったけれど、世界銀行というだけで「ありがたい存在」に思いがちな私にとっては、それを相対化する意味でも読んでよかったかな。

 そして世界銀行の政策に関心を持ち、説明責任を問いながら、信頼に値するか考えていくことを著者は求めているのだろうと思う。

 これをきっかけに国際政治にも関心を向けていきたい。
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