深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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原作を読んで「思い出のマーニー」を振り返る
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ジョーン・G・ロビンソン,越前 敏弥,ないとう ふみこ

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 先日、スタジオジブリの映画「思い出のマーニー」を観てきたということを書きました。上映前はほとんど関心がなかったのに、いざ映画館に足を運んでみると、思いのほかおもしろく、観終わった後も心に残っています。

 映画化に合わせて新訳がなされ、文庫で手ごろに入ることも知り、早速買ってきて読んでみました。改めて原作を読んでみると、意外にもきっちりと原作を映像化しているんだなと感じます。

 映画だけでももちろん楽しめましたが、原作と合わせて読むとより楽しめるのではないかと思いました。ということで原作を読んだ上で、もういちど映画のことを振り返ってみようと思います。

 以下、内容についての言及を含みますので、映画を見ていない方はお気をつけください。

 でも、アンナは興味がない。もう、どうでもよくなってしまった。ミセス・プレストンに向かってうまくせつめいすることはできっこないけれど、アンナにははっきりとわかっていた。パーティーとか、仲よしの友だちとか、お茶のお呼ばれなどは、ほかの人たちに向いていることだ。だってみんなは「中」にいるから――目に見えない、魔法の輪のようなものの中に。でもアンナは「外」にいる。だからパーティーやなんかは、アンナにはぜんぜん関係がない。そう、簡単なことだ。

ジョーン・G・ロビンソン『思い出のマーニー』


 原作を読んで驚くのが、映画の冒頭で「魔法の輪」の「内」と「外」という言葉とともに挿入された公園でのスケッチのシーンやそれに続く喘息の発作のシーンがオリジナルということです。

 原作でももちろん「魔法の輪」という言葉は出てくるものの、すぐに舞台となるリトル・オーバートンへ療養に出ることになります。育ての親であるミセス・プレストンとの関係もぎくしゃくしてはいるものの、嫌っているようなそぶりはありません。

 性格も原作のアンナは内気で少し卑屈になりすぎているものの、まだ少し幼さの残る普遍的な少女のイメージです。

 一方、映画の杏奈は冒頭の描写で周囲の同級生とも大人たちともうまく関係を築くことができていません。育ての親である頼子さんにもきつい言葉を吐き、思春期まっただ中といった感じの、尖った危うさをもった少女になっています。

 また療養先で出会うサンドラという少女も原作では幼い少女です。そしてアンナは、サンドラがアンナのことを「不細工な、でくのぼう」と言ったことをアンナは知ってしまいます。そのため後からサンドラに意地悪をされたときに、アンナが「太ったブタ」と言ってしまうのも自然です。

 それに対し、映画の信子は世話好きの大人びた女の子として登場します。しかし、杏奈はお節介で無神経な側面に過敏に反応してしまったのか、「悪意」をもたない信子に対して、杏奈は「太っちょブタ」という言葉を吐いてしまうのです。

 アンナの言葉にサンドラの返した「あんたの見かけはね、あんたの見かけは――ただの、あんたそのものよ! へっ!」という言葉は苦し紛れに出てきた言葉が、意図せずアンナの痛いところを突いてしまったような感じがあります。

 アンナとサンドラは対等な関係といってもいいかもしれません。

 ところが信子は表情こそ大きく変わるものの、信子は感情を抑えて痛烈にこの返答をします。そしてこれで終わりと場をつくろおうとします。

 こうしてえ杏奈は大人びた信子の前で一人で空回りしているような形になり、よりその病んだ問題の深刻さを感じさせます。

 さて、心理療法家の河合隼雄は『ヒルベルという子がいた』という児童文学を取り上げた文章で次のように語っています。

 ショッペンシュテッヒャーさんとヒルベルとの戦いは凄まじくも愉快なものであるが、次のようなことを考えさせる。つまり、ヒルベルに対して、「わざと親切そうにふるまう人」と比較すると、ショッペンシュテッヒャーさんは、はるかにヒルベルの「生きること」に参画しているということである。さりとて、われわれはショッペンシュテッヒャーさんを賞賛するつもりは毛頭ないが、彼がネガティブな感情にしろ、それに忠実に生きているということが、真の感情を偽ってヒルベルに「親切に」するその他の人たちよりも、ヒルベルの生に貢献しているのだと考える。この点は、少しでも安易に考えると大変な失敗を犯すことになることであるが、一考に値することである。

河合隼雄『子どもの本を読む』


 後に明らかになるように育ての親である頼子は杏奈を里子として引き取ることで自治体から補助を受けているものの、杏奈にはそのことを知らせていません。しかし、杏奈はそのことにすでに気づいており、わだかまりの原因の一つになっているのです。

 こうして見てくると、誰も悪意を持って杏奈に接するわけではありませんが、正面から向き合ってくれるわけでもありません。少なくとも杏奈はそのように感じていたのではないでしょうか。

 大人ぶってみせた信子が母親の前では涙をみせたのも初めは違和感がありましたが、誰にも心を許せない杏奈とは対照になっているのかもしれません。

 映画版は原作の持つ普遍的な少女像をある程度犠牲にして、現代的なアレンジを加えているといえるかもしれません。


 こんなときに、杏奈はマーニーという少女に出会います。ここから映画はかなり忠実に原作に沿って映像化していると思います。

 傍目には奇行を繰り返しているように見える杏奈に対して預かり先の大岩夫妻が何も言わないのも、杏奈がマーニーに惹かれる理由に説明がないのも、ちょっと気恥ずかしい「あなたがだいすき」というセリフも原作通りなのです。

 それどころかアンナをパーティーに飛び入り参加させながら、ほったらかしにしておいた原作のマーニーに対して、映画ではその後二人で踊るシーンを追加するなど、フォローもしているほどです。

 理由がないと書きましたが、マーニーは最初に出会ったとき、「二人のことは秘密」と言います。次に会ったときにはアンナのことを知りたいけれど、「少しずつ知っていきたい」とも。

 杏奈が誰も私のことを見てくれないと感じていたすれば、自分だけに、しかもこれほどゆっくりと向き合ってくれる相手が現れるというのはときめく体験だったと思います。

 自分とどこか似ていながら、何もかも持っているかのようなめぐまれた美しい少女。マーニーに対してアンナは「わたしもあなたになりたい」といいます。

 ところがお互いのことを知り合ううちに、マーニーが本当は両親となかなか会えず、面倒を見てくれる家政婦たちにもきつく当たられていることがわかってくる。こうして今度はマーニーのほうがアンナになりたいというのです。

「あなたがだいすき」と受け容れてもらえたこと、理想に見えたその相手も問題を抱えていることを知るという経験を通して、自分の見ている世界が世界の全てではないというように、アンナのなかで世界の見え方が変わっていたのかもしれません。

 そしてマーニーの裏切りとそれを許すという経験を通して、周りを取り囲む思い通りにならない世界をも許し、受け容れることができるようになったのではないでしょうか。


 原作ではここでマーニーが消え、映画の彩香に当たるプリシラを含む5人兄弟と出会います。こうして彼らの両親も含めてリンジー一家と家族ぐるみの交流を続ける中で、マーニーの真相に迫っていきます。

 これに対し、映画版ではマーニーがまだ現れているときに彩香と出会うという大きな変更点が加えられています。

 嵐の風車小屋(映画ではサイロ)でのアンナとマーニー立ち往生、アンナが目覚めたときマーニーがいないことで置き去りにされたという怒り、そして次にあったときに必死に許しを乞うマーニーを許すという場面は映像的にも感情的にも最も盛り上がる場面です。

 このシーンをクライマックスに持ってくるためにこのような変更をしたのでしょう。原作ではリンジー一家との交流が物語後半の3分の1を占め、前半と後半で全く雰囲気が変わってしまいます。映像化に際して、構成にかなり工夫をしたのではないでしょうか。

 映画だけでももちろん楽しめたのですが、原作を読んでみると、さらに魅力を増すように思います。


 余談ですが、上に引用した河合隼雄の本は amazonの岩波少年文庫版の『思い出のマーニー 上』のレビューで紹介されていたものです。

 この本では河合隼雄が日本や西洋の児童文学について「たましい」をキーワードに自由に語っています。心理療法家として、教育や癒しといった視点での掘り下げも多く、どの作品もすぐに読みたくなるような魅力的な紹介がなされています。

『思い出のマーニー』についても、一章が割り当てられています。特に、ペグ夫妻がアンナに対して干渉しないことが、アンナのたましいの回復に重要だったという指摘があり、大変興味深く読みました。

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