深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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石原千秋『教養としての大学受験国語』
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石原 千秋

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 そしてポイントの第五。出題者にとって意外に大切なのが、受験生の心に残る文章であること。入試問題は、合格した受験者だけではなく、不幸にも不合格者になった受験者にも真剣に読んでもらえる唯一の文章なのだ。だから、せめてこの大学の国語問題は面白かったとか洒落ていたとか思ってもらいたい。志と野心のある出題者は、そんな気持ちを持つものなのだ。そこで、学問の先端に少しでも触れている文章を選ぼうとすると、トレンドの書き手のものになるというわけだ。

石原千秋『教養としての大学受験国語』


 今思うと恥ずかしくてならないのだけれど、私は受験勉強が嫌いだった。数式を見ると頭がくらくらしたし、英単語をこつこつ覚えるなんてまっぴらごめんだった。

 かといって受験競争からドロップアウトする度胸もなく、何とない焦りにかられて大学受験の勉強を始めることにした高校時代。しかし嫌なことはしたくなかったから、必須ともいえる数学や英語はそこそこに、他人のあまりやらない世界史や国語、しかも現代文ばかり勉強していたのだった。

 その割りにセンター試験の国語の点数は散々だったが、それでも何とか大学にすべり込むことはできた。そのせいで数学と英語で後々苦労することになったけれど、悪いことばかりではなかったと思う。
 そんなこともあって、新書にしては分厚いこの本も懐かしい気分に浸りながら問題を解きつつ読み進めることができた。

 この本では、さまざまな大学で実際に出題された現代文、なかでも評論文の問題を集め、作者自身が解き説明しながら、大学受験の出題側の事情も暴露していく。

 それと同時に現代思想の基本となるトピックごとに出題文がまとめられていて、大学生が知っておいて損のない知識が得られるように整理されている。そして大学生としての教養、ここでは文章を相対化して読むこと、批判的に読むことを身につけることを狙いとしている。

 近代ヨーロッパが生み出したキリスト教的な世界観に由来する二項対立的、二元論的な物の捉え方や、「自我」や「個人」の存在、科学的・合理的な思考といったものは、絶対普遍的なものだと思われてきた。

 しかし、それは一つの枠組みに過ぎず、まだ次に取って替わるものは現れていないけれども、そこから脱け出そうとする試みが一つの流れになっているのだ。


 もちろんこういった思想史的な流れの説明もおもしろいけれど、上に引用したような出題する側の視点から受験の問題を見てみるということはなかなかないことでおもしろかった。

 ものすごい数の受験生が殺到するマンモス大学では短時間に大量の採点をしなければならず、記述式の設問をすることがすでに一つの冒険である。

 出題者の質や志が試されるということで、最先端の刺激的な文章が選ばれる傾向にあるというのもなるほどと思う。考えてみれば、受験のとき国語ばかり勉強していたのもテキストの快楽におぼれていただけで、今の自分につながっているのかもしれないと思うとぞっとしない。

 ちなみに設問はどれも難しく、好きな割りにあまり点数が伸びないのも昔とあまり変わらななかった。きっちりと文章を読むことは今も昔も大きな課題の一つなのだ。
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