深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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セルマ・ラーゲルレーヴ『ニルスのふしぎな旅』
ニルスのふしぎな旅〈1〉[全訳版] (偕成社文庫)ニルスのふしぎな旅〈1〉[全訳版] (偕成社文庫)
ラーゲルレーヴ,香川 鉄蔵,香川 節

偕成社
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 ニルスはこんな口げんかを聞いてわらいだした。でも、みじめな自分のことを思いだすと、おかしいどころか、涙がにじんでくる。それでもしばらくすると、またおかしくなってわらってしまうのだった。
 ニルスは日ごろから馬に乗るのが好きだったが、きょうのように早く、あらっぽく乗りまわしたことはない。それに、空の上はこんなにも胸がせいせいすることや、下からは耕土や樹脂のにおいが、こんなに気持ちよくたちのぼってこようなどとは、夢にも思ったことがない。だいいち、こんなに地上はるか高くを飛んでいこうなどとは、まったく思いもよらなかった。こうしていると、ありとあらゆる心配や悲しみや苦しみから逃れて、飛んでいるような気がするのであった。

セルマ・ラーゲルレーヴ『ニルスのふしぎな旅(1)』


『臈たしアナベル・リイ総毛立ちつ身まかりつ』以来ごぶさたになってしまっているが、大江健三郎は好きな作家の一人だ。単に作品だけでなく、W. B. イェイツフラナリー・オコナーらを知ったのも大江健三郎を通じてであり、大きな影響を受けている。

 そんな大江健三郎が少年の頃に魅了された冒険物語として『ハックルベリー・フィンの冒険』と『ニルス・ホーゲンソンのふしぎな旅』をあげているのは、ノーベル賞受賞講演の「あいまいな日本の私」でも触れられているので、比較的よく知られている話だと思う。

 そんなわけで「ニルス」はいつか読むと決めていたものの、「ハック」に比べると児童書レーベルからしか訳書が出ていない「ニルス」は、文庫版で四分冊ということもあって、なかなか手が出せずにいた。
 いっそ英訳版で読んでしまえと挑戦してみたものの、思いのほか、全く歯が立たず挫折したのは『野生の呼び声』でも書いたとおり。おとなしく日本語で読むことにしたのだった。


 作者のラーゲルレーヴはスウェーデンの女性作家で、児童の教育に使用する地理読本を書いて欲しいという政府の要請から『ニルスのふしぎな旅』を書き上げ、ノーベル文学賞を受賞した。

 物語の概要は次の通り。いたずら好きでわんぱくな少年ニルスは両親が教会に出かけている間に妖精のトムテを見つけ捕まえるが、調子に乗ってトムテの怒りを買い、小人にされてしまう。全く無力になったニルスだったが、一つできることが増えていた。それは動物の言葉がわかるということだった。

 普段から家畜へいたずらを繰り返していたニルスをどの動物も助けようとしない。そんな時、途方に暮れるニルスの前に北へ向かうハイイロガンの群れが飛びかかる。旅へ誘うガンの声に家畜のガチョウが釣られて飛び上がったのを止めようとしがみつくニルス。しかし止めることができるはずもなく、そのままガチョウのモルガンとアッカ隊長率いるガンの群れと長い旅に出ることになるのだった。

 はじめは見向きもされないニルスだったが、ガンの群れを狙う狐のズルから次第に信頼を勝ち得て仲間として認められ成長していくのだった。


 北へと向かうガンと行動をともにするニルスの冒険譚が本筋となるものの、ニルスが旅先で人間たちの会話や民間伝承の現場に立ち会うといったスタイルをとるものも多い。

 そのためスウェーデンの自然や国土、伝承や歴史など、数々のエピソードが、時間や場所、虚実に縛られることなく、自由に盛り込まれている。

 最初に英語で読んで挫折したと書いたが、それは無理もなかったのかもしれない。スウェーデン語の固有名詞が読めなくて頭に入らないとか、序盤で時系列の入れ替わった語りがあるとかも、もちろんあるだろう。

 しかしこれほど多くの木や草花、鳥や獣たちの名前を英語で知っている人がどれだけいるだろうか。この作品には数え切れないほどの動植物たちが森や湖、野や海に息づいている。

 日本語で読んでもその一つひとつを違いを明確に思い描くことは簡単ではない。しかしスウェーデンの生態の全てを描き出そうとでもするかのような、その美しく豊かなイメージの連続には圧倒されてしまう。


 物語は第1章から21章までが第1部、第22章から第55章からが第2部ということになっているようだが、格別区切りがあるわけではない。ただどちらかといえば序盤は大自然に抱かれたニルスが活躍したりふしぎな体験をしたりするものが多いが、物語後半に向けて人間社会に近づいて話を聴いたりするものが増えていくようだ。

 特に、第4巻にはキリスト教的な道徳に裏打ちされた敬虔に生きる人々を描いた物語が多い。特に、サブキャラクターのマッツとオーサの物語は割かれる紙幅も多く印象深い。

 マッツとオーサの母親が病人を家に泊めたことで自らも死におもむくことになっても決して後悔しない、心後ろ暗く死ぬよりいいのだと語る場面。一人の商人がオオカミに逃げている途中に出会ったおばあさんを犠牲にして生き残るかどうか葛藤する中で、活路を見出す話。素朴ながら不正を拒否する強い態度には心洗われる。

 そしてアニメ版でも有名なガンの群れたちとの別れの場面は切なく、あまりに美しい。

 その他にもカールスローナ軍港で銅像に追いかけられる話や海底に沈んだ都を救えなかった話、まぎれこんだ美しい庭園で庭師に永遠に仕事を押し付けられそうになる話など、ふしぎでよくよく考えるとぞっとするような怖ろしい話なども大好きで、あげていけば限りがない。

 こんな素敵な物語を持っているスウェーデンの人は自然と自分たちの国が好きになるんだろうなと思う。もちろん日本人が読んでもスウェーデンという国が好きになってくると思う。

 しかし、ニルスは、自由な、はてしない海を見つめられているほど、やわらかな光を投げている赤い夕日を見たとき、心境もなごやかに、そしてやすらかなのを感じた。
「悲しむなんてむだなことなのだよ、ニルス=ホルゲルソン。世のなかは、大きなものにも、小さなものにも愉快に暮らせるのだ。自由で悲しみもなく、全世界が自分の行く手にひらけているということも、いいことなのだよ。」
と、太陽はいっているようであった。

セルマ・ラーゲルレーヴ『ニルスのふしぎな旅(4)』

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