深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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谷山由紀『コンビネーション』
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 終了を待ちかねたように、雨は本格的な降りとなった。セカンドベースをわざわざ踏んでからベンチへ引き揚げる名倉を、青年は目で追いつづける。その横顔からはうかがいしれない内面を、男は見透かしように言う。
「うらやましいですかな。あなたも彼と同じ道を選んでいたら、あそこに立っていたかもしれない」
「いいえ」
 青年はきっぱりと否定した。
「ぼくは選ばなかった。機会はいくらでもあった、けど悟ったような顔をしてあきらめてました。気取ってたんですよ、ガムシャラなんてみっともないって。ダメだったらカッコ悪いって」
「後悔してますか」
「いいえ。何度やってもぼくは同じ選択を繰り返したはずです」
 男は大きくうなずいた。

天夢航海』『こんなに緑の森の中』の谷山由紀は、プロ野球にも数知れないドラマがあふれていることを思いもよらない方法で描いて見せた。

 この物語は名倉大志という架空のプロ野球選手を描いている。高校野球の無名校からドラフト5位で低迷するチームに入団。ひたすら野球に打ち込むまじめな性格で、3年目にして頭角を現し、翌シーズンには3割30本30盗塁を達成する球界を代表する選手に成長する男だ。

 すごいのは、ある意味ではこの名倉はモチーフに過ぎないことだ。名倉というスーパースターにあたるスポットライトの陰に浮かび上がる周囲人間の屈折こそがテーマだと思う。

 同時期に注目を浴びることになった大物ルーキー、ポジションを奪われるベテラン、追う立場の後輩、別の道を歩んだ高校時代のチームメート、いつまでたっても芽の出ない同期――。

 そういった人間たちの目から名倉大志というキャラクターを見ることによって、性格も実力も野球に対するスタンスも全く違う7つの物語をひとつの連作短編としてまとめあげている。

 野球はチームでする競技であり、一丸となったチームは美しい。しかしその一方でチームは個人の集まりである。そのことを、この作品は徹底的に描いていく。当たり前のことかもしれないが、ものすごく新鮮だった。

 非の打ちどころのない人間として描かれる名倉が酔いに任せて発した心情の吐露が高校野球、チーム野球への熱烈な憧れであり、すかさず後輩に自分は自分のために野球をしていると語らせている部分は皮肉であり、鮮やかなこの作品のハイライトだ。


 特に好きだったのは、やはりデビューにつながることになった初掲載作となった「ジンクス」。鳴り物入りで入団した大物ルーキー岡野。岡野が投げる試合では必ず名倉が活躍し、二人はいつしか名コンビとして扱われる。

 ドライで軽薄な感じの語り手である岡野は自らの実力や限界を熟知し、そこそこ活躍して爽やかなルックスと語りで引退後は解説員になるのだろうと自らを見透かしている。

 名倉とセットで語られるうちに次第に名倉を意識するようになり、「限界を決めずに進む」男である名倉に触発されていく。最後まで軽薄な語りは変わらないが、野球に対する熱い思いを持っていることを露呈してしまう。この語るに落ちてしまう語り手の姿がおもしろい。


 また、野球選手になった名倉をスタンドで見つめる高校時代のチームメートの球団のファンの老人との対話を通して描いた「カクテルライト」もよかった。

 グラウンドの名倉をうらやむ気持ちとそこには決して立てない自分を理解しているドライな現実認識、一方で素直に応援したいと思っている複雑な気持ちがにじんでいて、対話相手の老人も仙人のような雰囲気を持っていて、美しく切ない物語になっている。


『こんなに緑の森の中』で作者はリアルな人間を作家だと思った。しかし、この『コンビネーション』では人間の弱さやいやらしい部分が名倉という完璧超人と中和させることで、ただ不快なだけではない陰影のある物語になっている。

『コンビネーション』は作者のデビュー作だそうだが、そんな感じは全く受けないすばらしい作品。たまたま古本で見つけることができたのは幸運だった。

 絶版でなかなか読めなかったが、今は kindle 版で入手することもできたようである。kindle は持ってないけれど、こういった作品が読めるなら買ってみたいなと思った。
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