深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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小林秀雄『作家の顔』
作家の顔 (新潮文庫)作家の顔 (新潮文庫)
小林 秀雄

新潮社
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 僕は氏の長篇を次ぎ次ぎに読み、何が大衆を惹き附けたかをいろいろ考えたが、結局それは氏の初期の諸作品にあるオリジナルなものと違ったものではない事を確信した。氏は最初から自分の為にも文学の為にも書かなかった。批評家の為にも作家の為にも書かなかった。ただ一般読者の為に書いて来た作家なのだ。一般読者にとっては、あらゆる文学的意匠は存在しない。ましてや純文学と通俗文学との区別なぞありはしない。彼等は手ぶらで扱われた題材の人間的興味の中にずかずか這入って来るだけだ。そういう小説の尋常な性格を、これが最も見分け難い文壇にあって最初に洞見して依頼にこの洞見の上に立って来た作家だ。「第二の接吻」について作者は書いている、「宮田と倭文子とを中途から結婚させようと思って、『ある結婚』と小みだしまで掲げて、二人を結婚させようと努力したが、いくら小説の中の人物だからといって、イヤなものをどうすることも出来ないのだ。まして、世の親達よ、自分の子供達の望まぬ結婚などを強いる勿れ」
 氏の新聞小説はどれも当り前の事が当り前に書かれている。殊に最近のものはいよいよ当り前になった。そして大衆はまさしくこの当り前な処に最大の魅力を感じているのである。

小林秀雄『作家の顔』
「菊池寛論」より


 今年のセンター試験の国語の問題で小林秀雄の「鍔」が取り上げられたらしく、平均点を押し下げたと話題になりました。センター試験は時間との勝負だから、初っ端から小林秀雄ではペースを乱されて大変だったろうと思います。

 もっともゆっくりと読んでも、私にとっては小林秀雄は難解です。それでもやっぱり好きで、何度も挑戦してみたくなるのですが。

 この『作家の顔』は、小林秀雄の文芸評論、特に作家について取り上げた文章が集められています。発表された時期も戦前のものから戦後まで広く収録されています。
 表題作は、トルストイが細君を恐れて家出し野垂れ死ぬように死んだことに人生の真相があるとした正宗白鳥の文章に反論したものであり、続いて「思想と実生活」が書かれ、両氏の間で論争があったようです。

 私たちの胸を打つ作品を書いた作家がどんな人間か、気になるのは人情でしょう。その作家の素顔をみたいとのぞき趣味的な関心を持って、その結果、実際の姿とのギャップや矛盾にがっかりしたりすることも当然あるでしょう。

 トルストイは悲劇的な死を迎えた。ドストエフスキーは狂人のような乱れた生活を送った。フロベールはずっと隠者のような生活を送った。それは事実かもしれないが、それで作品に現われた思想が無意味になるか。

 そんなことはない。その思想は実生活から生まれたものであっても、思想はそこから羽ばたいていくのです。むしろその思想を生み出すのに払った犠牲の大きさを思うべきで、その凡庸さに安心したり、幻滅したりするのは褒められたことではないのでしょう。

 これは私にとってはサリンジャーがそうかもしれません。彼の作品に引き込まれていくほど、彼が引きこもってしまったことは残念でした。それでも、その作品を読むと今でも心動かされるのに変わりはないのです。

「作家の顔」に引用されている次のフロベールの書簡の一節は私もとてもよいと思ったので、原典からではありませんがメモしておきます。

「芸術家はその作品の中で、神が自然に於ける以上に現われてはならぬと思っています。人間とは何物でもない、作品が総べてなのです。この訓練は、殊によると間違った見地から出発しているのかも知れませんが、それを守るのは容易ではないのです。しかし少くとも私にとって、これは自ら好んでなした絶間のない犠牲でした。私だって自分の想った事を云い、文章によってギュスタフ・フロオベル氏を救ったら随分いい気持でしょう。だがこの先生に一体何の価値があるでしょう」

小林秀雄『作家の顔』
「作家の顔」より



 その他で興味深いのは、志賀直哉と菊池寛について書かれた文章で複数の文章が収録されています。意外なことに小林秀雄はこの二人を天才と認めていたようです。

 この二人はあまり通好みがするような作家ではないと思います。私は志賀直哉についてはほとんど読んだことがないので何ともいえませんが、菊池寛についてはドラマの「真珠夫人」が流行ったときに何冊かまとめて読んだことがあります。

 その作品はとても楽しんで読むことができるものが多かったのは確かですが、それを偉いといえるかというとまた別の問題でしょう。自意識の強い日本の文壇の中で、徹底して自分のためではなく大衆のために、人間らしさ、ヒューマン・インタレストの点から小説を書いたというのです。私小説について、かなり批判的だったんだなという気がします。


『考えるヒント 4』にも収録されていて中原中也とランボーについての文章も収録されています。このように他のものと並べて読んでみると、この二人に対する文章は異色で、一種の詩のようでもあり、二人への思い入れの強さを感じます。

 その他にも古今東西の作家についての文章が収録されており、それほど厚い本ではありませんがヴォリューム感のある一冊でした。
コメント
この記事へのコメント
もっと、小林秀雄を読んでください。
ひさしぶりに書き込みます。
 わたしの二十歳台に小林秀雄をそれなりに読みました。そのころは生活苦で、人生とか自分とかについて沈潜して、まあ世を打っちゃったようにして過ごしました。
 あれから,40年ほど経過しました。

 ぜひとも、僭越ながら、もっともっと、小林秀雄を読んでください。
 では、では。
2013/03/30(土) 07:20:09 | URL | うざね博士 #-[ 編集]
もっと、小林秀雄を読んでください。
ひさしぶりに書き込みます。
 わたしの二十歳台に小林秀雄をそれなりに読みました。そのころは生活苦で、人生とか自分とかについて沈潜して、まあ世を打っちゃったようにして過ごしました。
 あれから,40年ほど経過しました。

 ぜひとも、僭越ながら、もっともっと、小林秀雄を読んでください。
 では、では。
2013/03/30(土) 07:20:57 | URL | うざね博士 #-[ 編集]
Re: もっと、小林秀雄を読んでください。
 お久しぶりです。コメントありがとうございます。
 返信が遅くなりすみませんでした。ちょっと体調を崩したこともあって、パソコンの前に座るのが億劫で、ブログのチェックを怠っておりました。

 小林秀雄については、だいぶ前から『本居宣長』に挑戦しています。学生のときもこんなに辞書を引いたことないと思うぐらいののんびりペースですが、それでも苦戦中で……。もっと他の著作から攻めていったほうがいいのかもと思っています。
2013/04/28(日) 23:12:15 | URL | raidou #-[ 編集]
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