深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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林京子『祭りの場/ギヤマン ビードロ』
祭りの場・ギヤマン ビードロ (講談社文芸文庫)祭りの場・ギヤマン ビードロ (講談社文芸文庫)
林 京子,川西 政明

講談社
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 人間にハエがたかる。うじ虫がわき人間をつつく。「人間の尊厳」を傷つける事実が目の前で起る。戦争は自然の摂理をあからさまに教えてくれる。人間を焼くには生がわきの薪が最適なことも知った。火つきは悪いが、火さえつけば充分乾燥した薪より火力が強い。火もちがいいから生焼けがない。芯から焼ける。肉は薪と区別がつかない。幾分黒いが、灰に変り、落葉搔きで大地にならせば完全に同化する。
 焼くと腹が音をたててはじける。脂肪が飛び火の粉が後を追って舞いあがり、空中で脂に点火する。予想外の闇の広範囲に、いきなり炎が燃える様は、あぶり出しの絵がらを期待する気持と同じで楽しい。
 美しいと見入ってしまう。そのうち「そろそろ爆ぜるな」華麗な炎の一ときを心待ちするようになる。

林京子「祭りの場」より
 林京子さんの本を読むことになったのは、取りも直さず講談社文芸文庫に収録されていたからだ。『青い小さな葡萄』もそうだけれど、当時講談社文芸文庫は高嶺の花だった。だから新古書店で安く出ているのを見つけると、いくぶん腹いせも交じっていたが、僥倖とばかりに作者も内容も気にせずとりあえずレジまで持っていくのが習いだった。

 そんなわけだから特段作者のことを知っているわけでもなく、部屋の片隅に置いたままになっていた。ところが、片付けの際に、ふと取り出してぱらぱらと眺めると、長崎の被爆体験がモチーフになっているらしい。

 ここ最近「夏の花三部作」も読んだことだし、つながりで読んでみるのもおもしろいかと思い、部屋の片付けもそこそこに読み始めたのだった。

 この文庫版には、「祭りの場」として表題作を含む3作の短編群と「ギヤマン ビードロ」という連作短編集の二作が収録されている。「祭りの場」は第73回芥川賞受賞作ということで、作者の初期の作品ということになる。

 作者の林京子さんは長崎市出身で、14歳の時に学徒動員先の兵器工場で被爆した。爆心地に近かったものの奇跡的に助かったという。その体験をもとに被爆直後の長崎を描いたのが「祭りの場」である。

「夏の花」もそうだったけれど、作者は被爆した経験を激情のほとばしるままに書いたり、悲惨を叫んで読者の共感を得ようとはしない。どうしてと思うほど、静かに静かに、淡々と描いていく。

 しかしその目で捉えられるのは、とてもこの世のものとは思われない凄惨な世界だ。人が燃えるのを美しいとさえ見る。あまりにもグロテスクだ。ただ事実の前に押しつぶされる。

 決して読みやすい文章ではないが、理解を拒絶するような文章は静かな怒りを湛えていて凄みがある。

 続く「二人の墓標」は被爆体験をもとに、二人の少女の友情が原爆体験によって引き裂かれる様を描いた物語。極限状況における少女の心の動きを克明に描いた少女小説としてもおもしろいし、原爆を体験しないものにとってそれを理解することができるのかという問題の縮図にもなっていて、最も好きな作品の一つ。

 被爆直後の状況を描いた「祭りの場」に対して、「ギヤマン ビードロ」は作者が作家として世に出る被爆30年後の世界を描いている。作者を思わせる「私」を含む4人の同級生が母校の校庭に集まるところから、この作品ははじまる。過去を振り返り、4人の現在の姿を描きながら、現在における原爆の問題を様々な角度から焦点を当てる。

 中でも衝撃的なのは、「友よ」と題される短編で、友人の一人は被爆直後の浦上の写真を見て、自分の家が燃えているのを発見し、断末魔をあげる。

 30年も経てば世の中は平常通り動き出す。しかし被爆を経験した人たちにとっては、それはいつまでも終わらない、生きた問題なのだということをまざまざと見せつけられる。

 当事者であるアメリカは、「祭りの場」で描かれたように原爆の記録映画で「かくて破壊は終わりました」と宣言し、日本の政府は補償を打ち切る方向へ動いていく。

 決して大げさに書き立てたりはしないが、作者の目を通して私たちは被爆者の方々の怒りと絶望に直面させられることになる。

 作者のことは全く知らなかったけれど、文章の端々から刺すようなすさまじい感性を感じる。被爆という極限状況が感性を研ぎ澄ますのか、たまたまそこに居合わせたのか。それはわからないが、私たちは決して被爆者のことを理解できない。しかしそこで叫びを上げている人々を前にどうしたらいいのかという難問に立ちすくむことになる。

 読んでいて心地よくなる作品ではないが、本当に読んでよかった。被爆体験のこのように克明な記録が残っていることは幸せなことだと思う。

 講談社文芸文庫には作者のほかの作品も収録されているようで、こちらはいつかちゃんと購入して読んでみたいと思った。
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