深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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木村敏『異常の構造』
異常の構造 (講談社現代新書 331)異常の構造 (講談社現代新書 331)
木村 敏

講談社
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 しかし、私たちの周囲にいる多くの「狂人」たちが、まるで話の通じない、何を考えているかわからない。不気味な存在として正常人の眼にうつるのは、実はこのいわゆる正常人の側で、彼らの内心の声を聞こうとしないから、つまりは正常人が自分たちの「正常性」のみを唯一の「合法的」なありかたと思いこんでいて、彼らと同じ立場に自分を置いてみようとしないからだといわねばならぬ。彼ら狂人の側に身を置いて彼らに十分な発言の機会を与えてやりさえするならば、あるいは表現能力に乏しい患者の場合には、私たち正常人の言葉によってではなく、彼ら狂人の言葉によって彼らの表現を補ってやるような仕方で、彼らの話に耳を傾けるならば、すべての分裂病者はアンネと同じ意味のことを語るはずなのである。

『心理学の「現在」がわかるブックガイド』に、この『異常の構造』が紹介されていたことから、ちょっと読んでみようかと思った。

 著者は精神科医で、この本は精神分裂病(現在は統合失調症と呼ばれている)の症例を引きながら、「異常」の本質に迫っていくもの。

 現代は科学が進歩し、合理的思考に埋めつくされている。異常なものは世の隅に追いやられる一方で、それだからこそ強く関心をひくものにもなっている。同時に異常なこと、特に精神の異常は、人をひどく不安に陥れもする。

 異常というのは、常態から外れているということである。この本のテーマである精神の異常、統合失調症の患者に関していえば、常識が欠落してしまっている状態にあるという。

 常識は英語ではコモンセンスだが、その語源はアリストテレスまでさかのぼる。「甘いメロディ」「甘えた態度」など、元々味覚である表現が別の領域の経験へ転用されることがある。このように個々の感覚に共通の体験を捉え、それを表現する能力を人間は持っている。

 ここには自己と世界のかかわり方の表現が含まれている。このために個々の感覚を超えて、他人と相互了解を得ることができるようになっている。常識とは単なる知識ではない。このような感覚が一般化、規範化したものなのだという。

 とすれば 、常識の欠落の病理である統合失調症は対人場面で最もひどい症状を呈する。

 では私たちが日常的に常識と判断する世界とはどういうものか。著者はそれを3つの原理としている。 個物の個別性、個物の同一性、世界の単一性である。つまり私は私であり、個々のものは個々のもので入れ替わったりはしないということである。

 これを著者は1=1の論理構造としているが、統合失調症の患者はこれを共有していないのだ。自分がない(1=0)、複数いる(1 =多)など。

 しかしそれは支離滅裂に破綻しているわけではない。私たちには理解できない、独立した別のルールにしたがっているとも言えるのである。

 ところで、「合理―非合理」というとき、非合理は合理の否定でしか規定できない。非合理は合理に一方的に従属している。独立した非合理というものは、常識的な日常生活に取り込むことができないのだ。これが統合失調症の患者が差別され、排除される根源にあるという。

 常識的日常性が依拠するのは、感じている世界がそのままあると信じる素朴な現実感であり、ショーペンハウアー的な「存在への意志」「生への意志」である。

 それを否定することは存在をくつがえすような不安に突き落とされることなのだ。この構造を理解しないまま、患者を社会に取り込もうとする動きはむなしく終わるだろうと著者はいう。


 今までどんな病気であるかも知らなかったけれど、精神分裂病という言葉はどぎつい。統合失調症という名前に変更されたのもわかる気がする。

 だがそのどぎついイメージから想像されるものと裏腹に、ここに取り上げられている症例は支離滅裂という感じはしない。自らの苦しみを見つめる姿は私たちよりも優れているのではないかと感じる。特にブランケンブルグの症例アンナは衝撃的だった。

 著者はこういった患者たちの症例を取り上げ、異常の本質的な構造に切り込んでいく。そうすることによって私たちが正常とする常識的日常世界の本質が浮き彫りにされていく。

「異常」が私たちに突きつける根源的な不安を無視して、差し伸ばされる人道的な手など何の意味もない。最近の風潮を欺瞞と切って捨てる著者の姿は、非常にスリリング。

 ヴント以前の哲学的なアプローチを取っていてあまり心理学らしくなく、賛否両論あるところだと思うけれど、個人的にはおもしろく読めた。
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