深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ひとまず復帰
 ただでさえ少ない更新がさらに滞っており申し訳ありません。腰を痛めましてパソコンの前に座るのも苦しく、ここ最近はずっと床にふせっておりました。

 整形外科に行ってみるものの、レントゲンをとって骨に異常なしとなれば痛み止めや湿布をくれるのみで。いわゆる慢性腰痛というものらしく、改善ポイントをまとめたパンフレットをもらって帰ってきましたが、どうも腑に落ちません。

 おそらく、長年、ベッドにうつぶせ腹ばいになって本を読んできた生活習慣がたたったのだと思われます。昔は次の日には動けるようになっていたはずが、近頃は2、3日は腰が重くなっていたのを気にせず過ごしていたのがいけなかったのかもしれません。
 もういい歳だというのを実感します。こんなサン=テグジュペリに怒られるような習慣はやめにして、パソコンを使うときの長座もやめて、近いうちに机とイスのスタイルに切り替えたいなと思います。


 そんなベッドの上で何もできない間、暇つぶしになったのが録音したままたまりにたまったNHKラジオの「朗読の時間」。

 東日本大震災が起こってから、寺田寅彦が過去に起こった三陸沖の地震と津波に言及しているということでクローズアップされたようです。

 寺田寅彦の文章には初めて触れたのですが、自然現象を観察する眼と、それを分析していく理知的な論の進め方に感心しきりでした。

 震災を身近に経験した現代の日本人にとっては、身につまされるところがいくつもあると思います。

 だれの責任であるとか、ないとかいうあとの祭りのとがめ立てを開き直って子細らしくするよりももっともっとだいじなことは、今後いかにしてそういう災難を少なくするかを慎重に攻究することであろうと思われる。それには問題のつり橋のどの鋼索のどのへんが第一に切れて、それから、どういう順序で他の部分が破壊したかという事故の物的経過を災害の現場について詳しく調べ、その結果を参考して次の設計の改善に資するのが何よりもいちばんたいせつなことではないかと思われるのである。しかし多くの場合に、責任者に対するとがめ立て、それに対する責任者の一応の弁解、ないしは引責というだけでその問題が完全に落着したような気がして、いちばんたいせつな物的調査による後難の軽減という眼目が忘れられるのが通例のようである。これではまるで責任というものの概念がどこかへ迷子(まいご)になってしまうようである。はなはだしい場合になると、なるべくいわゆる「責任者」を出さないように、つまりだれにも咎(とが)を負わさせないように、実際の事故の原因をおしかくしたり、あるいは見て見ぬふりをして、何かしらもっともらしい不可抗力によったかのように付会してしまって、そうしてその問題を打ち切りにしてしまうようなことが、つり橋事件などよりもっと重大な事件に関して行なわれた実例が諸方面にありはしないかという気がする。そうすればそのさし当たりの問題はそれで形式的には収まりがつくが、それでは、全く同じような災難があとからあとから幾度でも繰り返して起こるのがあたりまえであろう。そういう弊の起こる原因はつまり責任の問い方が見当をちがえているためではないかと思う。人間に免れぬ過失自身を責める代わりに、その過失を正当に償わないことをとがめるようであれば、こんな弊の起こる心配はないはずであろうと思われるのである。

寺田寅彦「災難雑考」より



 この引用は青空文庫さんを使わせていただきました。

寺田寅彦随筆集 セット (岩波文庫)寺田寅彦随筆集 セット (岩波文庫)
寺田 寅彦

岩波書店
売り上げランキング : 214478

Amazonで詳しく見る
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://deepseafishtank.blog123.fc2.com/tb.php/364-fc128218
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。