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「どうして行かなかったの? ――あたしにも見えたよ、船」
さつきはひと呼吸置いてから、意を決したようにつづけた。
「あたしなら乗ったな」
――どうして、って言われても……。
言えるわけがない。乗客が奇数か偶数か、つい考えてしまったなんて、笑い話にもならない。
あの瞬間に、頭の芯が醒めた。そこへさつきの声が飛び込んできた。一子は悟ってしまったのだ。どこへ行っても、ひとりのさみしさは変わらない、ということを。
つらいのは地上の異端ではなくて、拭えない孤独への不安だ。ひとりをさみしく感じる限り、不安からは決して解放されない。どこにいても、誰といても、消えてなくならない。だから生まれる前から約束された、他者との絆なんてものを求めてしまう。谷山由紀『天夢航海』
ゴールデンウィークに実家の近くの図書館に行ってみたときに見つけたこの本。作者のプロフィールを見ると割とご近所さんということで――といってもだいぶ遠いけれど――親しみが湧いて古本を探していた。
この物語は、名古屋のとある女子高の側にある星華堂書店で不定期刊行される「天夢界紀行」という小冊子をめぐる連作短編集。
かつて天夢界からこの地上に漂着した天夢界人はその記憶も失くして暮らしているが、時が訪れると迎えの船が現われ故郷へと帰っていく――。そんな物語に惹かれる等身大の女の子が少女たちが描かれている。
この連作一作目のタイトルが「ここよりほかの場所」で、原題が「That Special Place(いつか見た場所)」。ここに物語のテーマが表れているように思う。
現実になじめなくて、ここではないどこかを求めてしまう。青臭い少女たちの姿は痛々しくて、それはつまり身に覚えがありすぎて、胸をえぐってくる。
だが少女たちはそれぞれの仕方で現実に折り合いをつけ、ぎりぎりのところで踏みとどまる。一線を越えてしまうのはいつも大人たちのほうだ。そこがまた生々しい。
個々の短編はどれもそれだけで十分面白いけれど、各話の主人公たちが消えてしまった星華堂書店を探すために集まる「交信(――そして、山へ)」は秀逸で、連作短編集の醍醐味を感じさせてくれる。
同じ「天夢界紀行」をもとに集まった女の子たちなのに、それぞれのスタンスは微妙にちがって、個性的だ。でも、それなのにつながっていく。
ここではないどこかへの逃げ込むことを決してよしとはしない。とはいえ、それをまぼろしと切って捨てることも決してしない。そのバランスがとても心地よい読後感を与えてくれる。
個人的には「めざめ(光を集めて)」の上に引用した部分が好きだった。逃げ込んだ場所が必ずしも自分の思う通りの世界とは限らないという皮肉を「乗客の数」で表していて、何だか可笑しいのにずしんとくる。
私の読書の「好み」に影響を与えた一冊だと思います。
帰宅して、書架にあるのか探してみようと思います。
ブログ、他の紹介も読ませていただきますね。
あとから読んだ『コンビネーション』もびっくりするぐらいおもしろくて、出版されている作品が3冊しかないというのが本当に残念ですね。
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