深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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遠藤周作『ただいま浪人』
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遠藤 周作

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(元気をだして、お父さん)
真理子はそう心のなかで父親に呟きながら、一方、家に戻れない弟の心境も手にとるようにわかり
(いいのよ、帰ってきなさいよ。、心配しないで……)
どこかにいる弟にそう言いつづけていた。
「お母さん」
いつまでも、台所にいる母親に、彼女は
「もう、お休みなさいよ」
母親は何と古い重箱やお皿まで出して、それをふいていたのだった。台所に鯛のおかしらが大皿に置かれているのが、何とも言えず辛かった。信也の合格を信じて菊江が魚屋にたのんだものなのである。
「ねえ、お母さん」
「え?」
「もう、お休みなさいよ。私が……起きているから、大丈夫よ。きっと戻ってくるわよ。そんな意気地なしじゃないもの、あの子は
黙って、うつむいた菊江の眼からポタポタと泪が床におちるのを真理子は見た。
(馬鹿、信也の馬鹿)
彼女はこんなに両親に心配をかける弟に腹が立ち
(私だって、いつまでも、そう甘くないから)
と心のなかで叫ぶのだった。

遠藤周作『ただいま浪人』


『青い小さな葡萄』は久しぶりに読んだ遠藤周作の作品だった。その時に思い出したことは、もう一冊積読になっている作品があることだ。

 私が少しは本を読む人間だと聞きつけた伯母さんがこれでも読みなさいと送ってくれたのが、この『ただいま浪人』だった。しかしその頃はもう遠藤周作から他の作家へ関心が移っていて、ほったらかしたままになっていた。

 しかし久々に遠藤周作を読んでこのことを思い出し、いささかの後ろめたさと懐かしさから、本棚から引っ張り出してきて読むことにしたのだった。
 親に東大進学以外の道を許されず、二度目の東大受験へ向けて勉強を続けている信也。しかし受験に失敗した信也は罪を犯し、家を飛び出しバーテンダーとして働くうちにある事件に巻き込まれていく。

 一方、信也の姉の真理子は仕事を通じて知り合った新劇の俳優と恋仲になる。しかし信也を失い消沈する父親のことを思い、恋を捨て見合い結婚に踏み切る。

 朝鮮戦争の際、兵隊として日本に滞在したロバート・オノラは日本の女性に産ませた娘を探しに19年ぶりに日本に戻ってきた。ようやく盛り場で歌う娘を見つけ出すが、ロバートは激しく拒絶される。彼女の元へ何度も足を運ぶ彼だったが既に病魔に冒されていた。

 今から50年も昔のことだから、ここに取り上げられている価値観はもうだいぶ古びてしまっているかもしれない。親の言う通りいい大学に入って大企業に入る。親が選んだ相手と結婚する。ここまでパターナリスティックな親も珍しい気がする。

 しかし、親が子に最大公約数的な幸せを願うのも、子がその平坦な道行きに疑問を感じて反発するのも、激しい生に焦がれて一線を越えていくのも、そこでも理想と現実のギャップに幻滅するのも……。図式は今もそんなには変わらないはず。

 だから古臭くはあっても、苦悩する登場人物の姿は、身をえぐってくる。おそらく受験に失敗しただろう息子をひたすら待つ家族の姿を描いた引用した部分は居たたまれない。

 遠藤周作の作品らしく、信也もロバートも弱くてだめな人間だけれど、それを見守る真理子の優しさが物語に救いを与えていると思う。

 大学受験に失敗した信也がやがて3億円事件の実行犯の一人へと仕立てられていくのは、このいかにもな展開だとしても、やや安直で面白みがない思う。

 しかしばらばらに見えたそれぞれの人物たちが「十月二十日」という時間上の一点で交錯し、運命の岐路を迎え、二度と交わることのない道へ分かれていく見せ方は鮮やかだった。


 数ある遠藤周作の作品の中でも700ページを越える大部で、必ずしも出来がいいとも思えない。けれど、平凡な生き方をするか激流に身を投じるか、決して答えの出ない人生の難問の前で立ち止まってしまった「人生の浪人」たちの姿は切なく、共感を呼ぶと思う。
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