深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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小林多喜二『蟹工船』
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小林 多喜二

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「おい地獄さ行ぐんだで!」
 二人はデッキの手すりに寄りかかって、蝸牛が背のびをしたように延びて、海を抱え込んでいる函館の街を見ていた。――漁夫は指元まで吸いつくした煙草を唾と一緒に捨てた。巻煙草はおどけたように、色々にひっくりかえって、高い船腹をすれずれに落ちて行った。彼は身体一杯酒臭かった。
 赤い太鼓腹を巾広く浮かばしている汽船や、積荷最中らしく海の中から片袖をグイと引張られてでもいるように、思いッ切り片側に傾いているのや、黄色い、太い煙突、大きな鈴のようなヴイ、南京虫のように船と船の間をせわしく縫っているランチ、寒々とざわめいている油煙やパン屑や腐った果物の浮いている何か特別な織物のような波……。風の工合で煙が波とすれずれになびいて、ムッとする石炭の匂いを送った。ウインチのガラガラという音が、時々波を伝って直接に響いてきた。

小林多喜二『蟹工船』


 ここ最近更新が滞っており申し訳ありません。

 中原中也作品集を一通り聴き終えて、たまっていくばかりの朗読音声を崩そうと、小林多喜二の『蟹工船』を選んでみました。やはり同じ朗読でも、詩と比べるとストーリーがある分、内容もずいぶんと把握しやすいように思います。

 少し前に『蟹工船』ブームということで、この時代に『蟹工船』がよく売れるという社会現象がありました。現代の若者をめぐる労働環境と重ね合わせられ、共感を呼んだというのです。

 流行に乗って本をとることはなかったものの、やはり気にはなっていたのです。
 プロレタリア文学というと、文学史の1ページであり、もうその歴史的役割を終えたような気がしていた。テーマがテーマだけに重苦しく陰鬱な内容しか想像できず、あまり食指の動くものではなかった。

 しかしいったん聴き出してみると、「おい地獄さ行ぐんだで!」という冒頭の台詞から、物語の先行きを予感させる。ぶっきらぼうな人夫たちの言葉が荒んだ北の海の生活と相まって、あっという間に引き込まれていった。

 北の遠洋へ漕ぎ出し蟹を獲って船の中で加工を行う。蟹工船を舞台に、そこで作業に従事する人夫たちの姿が描かれている。「糞壺」といわれる劣悪な環境での過酷な労働に加え、海の上という逃げ場のない場所でふるわれる資本側の監督者による横暴、暴力。

 はじめは不平もいい、反発も感じていた人夫たちが恐怖と無力さに打ちのめされ絶望し、次第に飼いならされていく。そのプロセスが手に取るように理解でき、じわじわとやるせない気持ちに侵されていく。

 しかし彼らはストライキを起こして立ち上がる。成功しそうな場面でいったん頓挫するなど、この辺りははらはらし通しで、物語としても文句なしに面白い。

 一人ひとりは本当に弱い存在でも、団結すれば権力者をも脅かすような大きな力を持つことができる、そのことを清々しく高らかに謳い上げる最後は、気持ちよい。


 未来に向かってがむしゃらに進んでいた時代が終わり、長い停滞期に入って明日の見えない状態が続いている。そんな中でこの「蟹工船」が再び注目されるのもよくわかる。

 しかし監督・浅川は愚かに過ぎたともいえるだろう。船の上という絶対的に逃げ場の無い状況で労働者を締め上げ続ければ暴発を招いても仕方ない。

 現代では、これほど肉体的に過酷で、尊厳を無視したような労働環境はそんなに多くはないのかもしれない。しかし、倒すべき明確な悪も苦しみを分かち共に闘う仲間も見出しにくいのかもしれない。

 怒りの矛先を向ける先もわからず、理不尽に耐えていくというのも、それはそれできついことなのではないか。私などは真っ先に脱落していく弱い人間なのに、勝利した彼らの姿に一種の憧れを感じてしまう面も確かにあるのだった。


 ともあれプロレタリア文学にこんなにもおもしろいものがあるとは思いだにしなかった。このまま忘れ去られてしまったほうが幸せに違いないのだけれど、出会えてよかったと現金な自身に苦笑する。
コメント
この記事へのコメント
レビューありがとうございます
小林多喜二の研究をしている島村ともうします。「蟹工船」のレビューありがとうございます。2008年のブーム以降も、この作品をお読みになり、感銘を受けたというお話をあちこちで耳にし、目にします。現実の厳しさと、その文学としての表現力に打たれるのだろうと思います。今後とも多喜二作品、プロレタリア文学作品に御関心をおよせいただきますよう、お願いします。
2011/12/19(月) 18:20:37 | URL | Prof. Shima #wI0KxFik[ 編集]
Re: レビューありがとうございます
コメントありがとうございます。実際に研究をしている方に見ていただくとは赤面の至りですが、嬉しく思います。プロレタリア文学にも今読んでも面白いものがまだまだありそうなので、他にも探してみようかと思っております。
2011/12/30(金) 22:50:26 | URL | raidou #-[ 編集]
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