深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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永井荷風『すみだ川』
すみだ川・新橋夜話 他一篇 (岩波文庫)すみだ川・新橋夜話 他一篇 (岩波文庫)
永井 荷風

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 土手へ上った時には葉桜のかげは早や小暗く水を隔てた人家には灯が見えた。吹きはらう河風に桜の病葉がはらはら散る。蘿月は休まず歩きつづけた暑さにほっと息をつき、ひろげた胸をば扇子であおいだが、まだ店をしまわずにいる休茶屋を見付けて慌忙て立寄り、「おかみさん、冷で一杯。」と腰を下した。正面に待乳山を見渡す隅田川には夕風を孕んだ帆かけ船が頻りに動いて行く。水の面の黄昏れるにつれて鴎の羽の色が際立って白く見える。宗匠はこの景色を見ると時候はちがうけれど酒なくて何の己れが桜かなと急に一杯傾けたくなったのである。

永井荷風『すみだ川』


「夏の花三部作」に続いて、iPhone のアプリ「豊平文庫 無料版」を使って、青空文庫の収蔵作家をつらつらと眺めていると永井荷風の名前が目に留まった。

 青空文庫の存在を知ったときには、たぶん入っていなかったと思うので、そうかもう荷風の著作権も切れたんだと驚かされる。

 荷風は新潮文庫の『墨東綺譚』を読んだきりだけれど、『「世間」とは何か』などでも取り上げられているような人となりに興味があって、『断腸亭日乗』などはいつか読んでみたいと思っていた。
 まだまだ作品は少ないようで、今後増えていくことに期待したいけれど、とりあえず私でも名前を知っている作品の中から「すみだ川」を読んでみた。

 俳諧師松風庵蘿月という風流人を通して、その甥である長吉が芸者となって次第に離れていく幼なじみのお糸との関係に思い悩む姿を描いたもの。

 二人の結末が最後まで描かれずにしまうので、何となく物足りなさはあるけれど、どんどんと遠くへ行ってしまう幼なじみに病気になるほど苦しむ長吉と、けろりとして新しい世界へ入っていってしまうお糸の対照が面白い。女のたくましさと男の目から見た理解できなさが強く印象づけられる。

 そして上に引用したような隅田川の情景描写がきれいで好きだ。『墨東綺譚』もそうだけれど、においたつような、土地の雰囲気を描く作家だと思う。そういった意味で、ストーリーは添え物のようにも感じてしまう。


 電子データでの読書は無料というこれ以上ない利点があるけれど、わからない単語や作家の生涯や作品の背景といったものは自分自身で調べなければいけない。そのへんがずぼらな読者である私にはいくらか心許なく感じることもある。

 その道の人の解説だったり、訳注だったり年譜だったりはあればあったでめんどくさがって飛ばしてしまうものだけれど、何もないとなると不安になってくる。

 ある意味、単行本と同じ条件になっているとも思うけれど、一冊の本の価値というのは本文だけではないのだと、つくづく思う。
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