深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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原民喜「夏の花三部作」
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原 民喜

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 馬車はそれから国泰寺の方へ出、住吉橋を越して己斐の方へ出たので、私は殆ど目抜の焼跡を一覧することが出来た。ギラギラと炎天の下に横はつている銀色の虚無のひろがりの中に、路があり、川があり、橋があつた。そして、赤むけの膨れ上つた屍体がところどころに配置されてゐた。これは精密巧緻な方法で実現された新地獄に違ひなく、ここではすべて人間的なものは抹殺され、たとへば屍体の表情にしたところで、何か模型的な機械的なものに置換へられてゐるのであつた。苦悶の一瞬足掻いて硬直したらしい肢体は一種の妖しいリズムを含んでゐる。電線の乱れ落ちた線や、おびただしい破片で、虚無の中に痙攣的の図案が感じられる。だが、さつと転覆して焼けてしまつたらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒してゐる馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思へるのである。国泰寺の大きな楠も根こそぎ転覆してゐたし、墓石も散つてゐた。外廊だけ残つてゐる浅野図書館は屍体収容所となつてゐた。路はまだ処々で煙り、死臭に満ちてゐる。川を越すたびに、橋が墜ちてゐないのを意外に思つた。この辺の印象は、どうも片仮名で描きなぐる方が応はしいやうだ。それで次に、そんな一節を挿入しておく。

ギラギラノ破片ヤ
灰白色ノ燃エガラガ
ヒロビロトシタ パノラマノヤウニ
アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキメウナリズム
スベテアツタコトカ アリエタコトナノカ
パツト剥ギトツテシマツタ アトノセカイ
テンプクシタ電車ノワキノ
馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ
ブスブストケムル電線ノニホヒ 

原民喜「夏の花」


 以前は文庫本を常に持ち歩いていたものだけれど、立原道造の「萱草に寄す」のところや「フランクリン自伝」にも書いたように荷物を少しでも減らすために、出先での空き時間は iPhone のアプリ「豊平文庫」や「iBooks」でテキストデータ化された作品を読むようにしています。

 何をダウンロードするか、作家リストをずらずらと眺めていたところ、ふと目に跳び込んできたのが原民喜の名前。私の好きな作家の一人である大江健三郎がよく言及する作家でもあるのに、恥ずかしいことに「夏の花」すら読んだことがなかった。

 今年は、福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故が起こったこともあり、「夏の花三部作」といわれる「夏の花」「廃墟から」「壊滅の序曲」ぐらいは読んでおかないとまずいような気がしたのでした。
 広島に原爆が投下された日の様子を描いた「夏の花」、文字通り廃墟と化した広島での人々の姿を描いた「廃墟から」、原爆投下直前のある家族の姿を描いた「壊滅の序曲」からなっている。

 三部作とはいうものの、前二作は連続しているといっても問題ないとしても、「壊滅への序曲」はいくらか雰囲気が異なるように感じる。

 原爆を描いた作品というと被爆の悲惨さがセンセーショナルに描き出されているというイメージで、正視するのに力がいると思っている。ただこれらの作品は、被爆の惨状を描きながら、淡々とした筆致で書き留められていて、不快感を催すようなものではない。

 原爆投下直後の街の様子を記述した上の引用部分はリズムがあって小気味よくさえある。ところが突然引用される「原爆小景」の詩が何となくグロテスクな感じがした。

「壊滅の序曲」でも主人公が海を渡って飛んでくるB29を空想するシーンが挿入されて、いくらか不恰好にも感じるのだけれど、その執拗なまでの描写が実に生々しく恐ろしい。

 戦時中でさえあっても、人々は日常を生きていた。しかし、ひとつの爆弾がそれさえも、一瞬に変えてしまう。ここに描かれるのはそんな現実に起こったことだ。そしてそれはやはり今の日本にも起こっていることなのだろうという気がする。
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