深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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サマセット・モーム『女ごころ』
女ごころ (新潮文庫)女ごころ (新潮文庫)
モーム,William Somerset Maugham,竜口 直太郎

新潮社
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「あたしがたいていの女の人よりもきれいだということ、自分で知らないとしたら、よっぽどどうかしてますわ。自分には人に与えるべきあるものが備わっていて、与えられた人にとって、それは非常に大きな意味をもつものだってこと、あたしもときたま感じたことは確かですわ。そういうと、ひどくうぬぼれてるように聞こえますかしら?」
「いいえ、明々白々な事実ですよ」
「近頃のひまな時間がずいぶんとあったんですけど、どうやらつまらないことを考えてほとんど過ごしてしまったようですわ。もしあたしが愛人を持ったとしても、あなたのような男ではなかったでしょうよ。お気の毒さま。どう転んでも、あなたとなんて真平ですわ。でも、あたしときどきこんなこと考えてみたことがあるの。もしあたしが、だれか貧乏な、独りぼっちの、不幸な人に出会って、その男がかつて楽しみなどいちども味わったことがなく、金で求められるいろんな素晴らしいこともひとつとして知らず――そして、もし彼にこのあたしが、比類のない経験、至上なる幸福の一時間、彼がかつて夢みたこともない、そしてまた決して二度と繰り返されることのない何かを与えてやれるとしたら、そのときはあたし、喜んで彼にすべてを与えてやろう、と――」

サマセット・モーム『女ごころ』


 最近『マネジメント』など、長い作品ばかりを読んでいるので、少し息抜きに短いものをということで、ずっと前に古本市で投げ売りされていた本書に日の目を当ててみる。

『月と六ペンス』はとても面白く読めたし、『人間の絆』の「人生とはペルシャ絨毯のようなもの」という言葉は強く印象に残っている。しかし、モームの人間に対してシニカルな
態度があまり好きになれず、その他の作品を手に取ることはなかった。

 けれど行方昭夫さんの『英文の読み方』など英文読解本でおなじみで、特にエッセイなどにおもしろいものが多かったので、もう少し色々読んでみたいと思っている。
 この『女ごころ』は、女盛りで夫を失ったメアリイ・パントンという女性が幼少時からの崇拝者であるエドガーからの求婚を受ける。はっきりした態度を示さないまま、メアリイはある晩餐会でプレイボーイのロウリイと出会う。彼との上に引用したような会話を交わした後、メアリイは貧しい青年カールを家に呼び入れる。夢のような夜を過ごす二人だったが、一夜限りの関係とするメアリイに青年は憤慨し、メアリイの前でピストル自殺を遂げてしまうというもの。

 物語に出てくる1人の女性と3人の男性はおよそ共感できるとは言いがたい魅力に乏しい人間ばかり。それでもそれなりに面白く読めるのは、これらの人物たちが人間くさい、どこかにいそうな感じを与えてくれるからかもしれない。

 行きずりの男に身を任すメアリイはいかにも愚かだし、激情に駆られて自殺するカールは軽率だといってしまうのは簡単けれど、冗談のように交わした会話の興奮が冷めないうちにその実現の機会が訪れたら、天にも昇るような体験をした後に現実に戻っていかないといけないとしたら――その心の動きは理解できる気がする。

 特に、おもしろいのは全てを赤裸々に告白するメアリイとそれに対面するはめになったエドガーの会話場面。全てを犠牲にして彼女と結婚するというエドガーとその背後にある彼の本音を見抜き、話を破綻に持っていくメアリイ。その二人の心の動きを微細に描きだす筆の運びには驚かされる。

 物語の中では、完全な被害者であるはずの典型的な紳士であるエドガーがいやらしい人間に見えて、軽薄なロウリイが褒められた行為ではないとはいえ、その行動力で彼女を救う頼もしさをみせ、好ましくさえ思えてくるのが不思議である。

 全く気持ちのいいストーリーではないので手放しで薦められる作品ではないけれど、男女間の心の動きを腑分けするモームの人間観察の的確さが、小説を読む面白さを再認識させくれるようにも思えた。
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