深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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エドワード・リード『魂(ソウル)から心(マインド)へ』
魂(ソウル)から心(マインド)へ―心理学の誕生魂(ソウル)から心(マインド)へ―心理学の誕生
エドワード・S. リード,Edward S. Reed,村田 純一,鈴木 貴之,染谷 昌義

青土社
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 周知のとおり、エロースについての古代ギリシャの理論はプラトンの『饗宴』で展開されている。一八一八年、シェリーは、もっぱら自分自身が利用することを目的として、この対話篇を翻訳した。いみじくも一八一八年は、あの『フランケンシュタイン』が発表された年である。これ以降のシェリーの詩には、プラトンの思想とダーウィンの思想が混合しているのが見て取れる。詩『感覚植物』(七四 - 七八行)を引用してみたい。

  感覚植物、それは鮮やかな花を咲かせない。
  輝きも芳香も欠けている――どうして、
  愛があるからだ――なんと神々しい愛だろう――底無しのこころは、はちきれそうだ――。
  愛し求めているからだ。自分にないものを――美を!

エドワード・リード『魂から心へ』


 エドワード・リードの『アフォーダンスの心理学』はとても興味深い本で、アフォーダンスというと環境によってヒトが動かされているかのようなイメージをもちがちだった自分に、ヒトの活動と環境とが相互作用する、より動的なイメージを与えてくれた本だった。

 そのリードには主要な著作が3部あるということで、こちらの本をずっと探していた。しかし古本でも結構な値が張るので、取り寄せてもらい、冬休みの間に取り組むことにした。


 心理学は、1879年、ヴィルヘルム・ヴントが心理学研究室を立ち上げた時に成立したとされる。百数十年の歴史しかない、しかし「心」の探求は古代ギリシアまでさかのぼることができる長い伝統を持つとするのが、心理学史のよく見かける定番となっている。
 とは言うものの、古代ギリシアからヴントまでは一足跳びだ。日本人の著者による定評のある心理学のテキストである『心理学』でも、比較的詳しく心理学史に触れているが、それでもヴント以前はアリストテレスからデカルト、連合主義と下ってくるが、19世紀についてはメスメリズムなどが触れられるぐらい。

 それはある意味で仕方のないことだと思う。しかし、心理学が生まれる直前のことが忘れ去られているのはもったいないことかもしれない。本書は副題に「心理学の誕生」とあるように、心理学成立直前の、19世紀の心の探求の歴史を掘り起こそうというもの。

 進化論のダーウィンの祖父のエラズマス・ダーウィンから始まり、ウィリアム・ジェームズの新心理学への批判的立場までを追っていくことで、心(マインド)の科学として動き出した心理学が生まれてくる背景や時代の空気、成立の過程で失ってしまったものなどが描き出されていて面白い。決して読みやすい本ではないが、エキサイティングな一冊。

 本の章題については、amazon のレビューに記載してくれている人がいるので、上の
リンク先を見ていただきたい。



 19世紀、医学や生理学的研究の進展から、心理学は魂の科学から心の科学へ変容した。あとから振り返る私たちは、そこに携わった研究者たちがキリスト教の人間観に囚われない唯物論的な考えを持っていたと思い込んでしまう。

 しかし19世紀の前半までは、人間は神によって与えられた不滅の霊魂を持つという考えが完全に支配されていた。そこに19世紀直前にエラズマス・ダーウィンが現れ、心の働きを体中にはりめぐらされた神経と、その内部を流れるエーテルによると主張した。

 この考えは魂の在り処を体中に分散させ、下等な身体感覚を高次の思考と同列に扱うものであり、人と動物の区別をなくし、肉体を離れた霊魂の存在を否定する、到底受け入れがたいものだった。

 ダーウィンの説は公的には抹殺された。しかしその影響は大きく『フランケンシュタイン』のシェリーやホフマンらの文学の世界に色濃く反映している。しかし後から見る私たちには、彼らの作品から知るしかないけであるが、実証を重んじる立場の目には映らないという結果になっている。

 しかし、18世紀も半ばになると、魂の信奉者たちも形而上学的な思索に頼るだけでは限界にきていた。生理学・解剖学的な研究が進展するにつれ、その知見を無視することはできなくなっていた。彼らは神に魂を与えられたという人間観を護ろうとし、物質的な過程とは独立に存在する心的過程の存在を主張し、その在り処を脳、脳の意識的なプロセスに求めることになった。

 ところが、識閾下の過程が存在することが知られてきた。魂を脳に位置づけた人たちにとって、そういった知見の存在は具合の悪いものであった。無意識的な過程をいかに理論に取り組むかという研究が盛んに行われることになった。この流れが心理学の成立へとつながっていったようだ。

 こういった実験的研究は、しかし要素還元的な方向をたどり、ある電気的な活動、神経的な活動と心がいかに対応するかという心のメカニズム(マインド)の科学へと変容していった。こうした研究は心の過程と生理的過程は相関はするが、因果関係はなく独立であると主張することも可能であり、「大きな問題」をおざなりにし、研究にふけるような傾向を持った面も否定できないのだという。

 ばらばらになった心と体を痛烈に批判し、「経験」というキーワードで統合しようとしたのがウィリアム・ジェームズのようである。『アフォーダンスの心理学』を読んでいると、著者のリードがジェームズに強く影響を受けているのがわかる。


『フランケンシュタイン』のシェリーをはじめ、19世紀の文学が心理学的な面でも最先端を走っていたこと、「ウェーバー=フェヒナーの法則」で知られ、実証的な心理学の道を開いたとされるフェヒナーが、世界精神というものを考えていて、個人の心はその反映にすぎないという理論を持って研究していたこと、哲学から派生したとされる心理学だが、哲学の研究という意味では心理学へのカウンターアクトとして成立してきた面があるということなど、個々のエピソードも面白い。


 ここに描き出される理論は今では時代遅れかもしれないが、時には歴史を振り返って、今の心理学の問題点を批判的に考えるのも大事なことなのではないかと思う。そういった手助けをしてくれる、いい本だと思う。
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