深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
E. M. フォスター『インドへの道』
インドへの道 (ちくま文庫)インドへの道 (ちくま文庫)
エドワード・モーガン フォースター,Edward Morgan Forster,瀬尾 裕

筑摩書房
売り上げランキング : 207827

Amazonで詳しく見る

「どうもありがとう。なんの歌だったんですか」とフィールディングは尋ねた。
「詳しく説明しましょう。これは宗教的な歌なんです。わたしは乳しぼりの娘になって歌ったんです。シュリ・クリシュナの神に向って、わたしはこう言います、『来てください! わたしのところへだけ来てください!』だけど、神は来てくれないんです。わたしは、へりくだって、こう言います、『来るのは、わたくしのところだけでなくていいんです。あなたは百のクリシュナの神になってください。そして、わたくしの仲間の一人一人のところへ、神を一人ずつよこしてください。だけど、宇宙の主よ、わたくしのところへも一人だけはよこしてください』それでも神は来てくれないんです。こんなことが数回くりかえされるんです。今の時間、つまり夕方にふさわしいラーガという形式で作曲されているんです」
「だけど、その神は、どれかほかの歌の中で来てくれるんでしょうね?」ムア夫人は静かに言った。
「いいえ。神は来てくれないんですよ」質問の意味がわからなかったらしく、ゴドボールはくりかえした。「わたしは神に言うんです。「来たれ、来たれ、来たれ、来たれ、来たれ、来たれ』って。それでも神は来てくれないんです」
 ロニーの足音は、もう消えてしまっていた。そして一瞬のあいだ、物音一つしない静けさがあたりを支配した。池には、さざなみ一つ立たず、木の葉一枚さえ動かなかった。

E. M. フォスター『インドへの道』


 フラナリー・オコナーの『存在することの習慣』(だったと思う)で、フォースターの名前が好意的に取り上げられていたので、一冊だけ持っていたフォスターの作品を読んでみることにした。

 インドには何か心を惹きつけるものがある。ステレオタイプなイメージだけれど、放浪者が流れ着く場所みたいな感じがある。現実は自転車で移動できる半径内でしか生活していないというのに、インドという記号に憧れている。

 この『インドへの道』もタイトルに惹かれて買っておいたものだった。インドへ巡礼する、そんなイメージを勝手に抱いていた。

 ところが実際の内容はかなり異なる。
『インドへの道』はインドを植民地としていたイギリスの支配階級と現地のインド人との関係を描いた作品。インド人の医師アジズは夜のモスクで一人の英人淑女ムア夫人と出会う。夫人は英人行政官の母で息子の婚約者アデラと観光へやってきたのだった。アジズに好印象を持った夫人は、親インド的な知識人フィールディングらとともにアジズと交流を始める。

 まもなくアジズは洞窟への小旅行へ夫人たちを誘う。ところが洞窟の中で恐慌をきたしたアデラはアジズに陵辱されたと思い込んでしまう。当事者の困惑をよそに、イギリス人とインド人の対立の空気は一気にエスカレートしていく。


 読んでみると、この作品は冒頭の夜のモスクでのアジズと夫人とが初めて出会う場面こそドラマチックで美しいものの、そこから先はとても淡々としていて地味である。だけれど、異なる文化を持つもの同志が、周りへの反発もあったろうし、持ち前の調子よさで勢いでつっぱしていった面がないわけではないけれど、徐々に交流していく姿が描かれていておもしろい。

 決して完全に分かり合えるわけではない。どこか薄気味悪さを感じさせるし、不器用なぎこちなさが付いて回っている。その空気が妙に生々しい。

 そのささやかなサロンも一つの事件によってあっという間に崩壊する。当事者たちの思惑を超えて、それぞれの仲間内に火のように広がって、文化間の対立となっていく。生き物のように、両派の人間を呑み込んでいくさまは不気味。

 結論ありきで展開する裁判は理不尽でもどかしい。弱い立場のインド人につい肩入れをして憤りを覚える。ところが裁判は一人の女性の勇気ある行為によってくつがえってしまう。勝利に酔ったインド側は熱狂し、一人の弱い女性に罵詈雑言を浴びせかける。

 支配側のイギリス人は嫌らしい。しかしインド側も建設的な方向をとることができない。この構図に頭を抱えてしまうことになる。

 個人の間では友情をつむぐことはできる。けれども異なる文化の間で人たちは完全に分かり合うことはできない。ましてやそれが社会となればいい関係を築くことは絶望的に難しい。それを前にしても、距離をおきながらも冷静に対等で、親切で思いやりのある関係をつくっていく他ないのかもしれない。


 期待していたようなインドへの巡礼的な雰囲気はあまりなかった。植民地のイギリス人はインド的なものに触れようとはしなかったようだ。物語的な派手さもない。しかし読んでよかったなと思う。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://deepseafishtank.blog123.fc2.com/tb.php/303-77c2800d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。