深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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須賀敦子『ヴェネツィアの宿』
ヴェネツィアの宿 (文春文庫)ヴェネツィアの宿 (文春文庫)
須賀 敦子

文藝春秋
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 きいっと心をえぐるような音をたてる小さな鉄門をあけて私は中に入った。正面に、他よりは大きな十字架が一基あり、その前に二列に向きあって、それぞれの側に五、六基、より低い十字架がならんでいて、そのひとつひとつに、葬られた修道女の名と生年月日、そして亡くなった年と月日と、それぞれの故国の名がきざまれていた。親しかった人の名もあり、知らない名もあった。おもわず姿勢をただしたのは、畏敬の気持からというのとは、すこしちがっていた。しゃんと背をのばしなさい。修道女たちがそういった注意する声がきこえそうだったのだ。まっすぐに立って、私たちの顔を見てはっきり挨拶なさい。
「おーい、そんなところでなにしてるの。荷風はこっちだったよ」
 友人の呼び声に、また、ここにはいつかひとりで来よう、と思いながら、私は暗い小径を声の方角に歩いていった。

須賀敦子『ヴェネツィアの宿』「寄宿学校」より


 幸田文の『木』を読んで、少しエッセイを読んでみたくなった。

 アントニオ・タブッキの翻訳などで知られる須賀敦子がエッセイストとしても有名だと知ったのは『ミラノ 霧の風景』を新古書店で見つけたから。白水Uブックスや講談社文芸文庫はいいシリーズなので応援したいとは思うものの、価格がネックで、安く買えるときはつい手がのびてしまっていた頃のことだった。

 正直なところ、以前『ミラノ 霧の風景』を読んだときはさらっと流してしまい、あんまり印象に残っていない。しかし作風は違うものの、遅いデビューでエッセイで有名というところは幸田文と似ているなとふと思い出し、こちらを読んでみることにした。
 ここには遅く筆をとった著者が過去を回想していくエッセイが12編収められている。著者に強い影響を与えた父親との確執と和解、ヨーロッパでの生活などが中心に語られている。

 時系列はばらばらながら、不思議と読みにくさは感じなかった。父親との話は日本が舞台になることもあって、理解しやすい面があったのかもしれない。

 特に表題作の「ヴェネツィアの宿」は、ヨーロッパの劇場の喧騒を背に、体調不良の体を抱えながらホテルへ向かい、眠りに落ちるように回想へ落ちていく、その筆の運びが絶妙。ヨーロッパの美しい夜の風景と不快な身体感覚が合わさって、吸い込まれるように過去へ引きずりこまれる。映画の冒頭を見ているような臨場感のある感覚があった。

 その他ではやはり「オリエント・エクスプレス」がよかった。著者の父親は妻以外の女性と生活をするなど、他人を振り回すイメージが強く、あまりいい印象がなかった。ここではその父親の臨終の場面が描かれる。

 若かった頃、ヨーロッパをはじめ世界をまわり、その後日本で仕事に明け暮れながらも世界を夢見ていたのだろう。その最後は悲しいけれども、男ってこんな生き物だよなと共感するところが多くて、わだかまりも消えてしまった感じがした。
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