深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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幸田文『木』
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幸田 文

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 エリートよりももっといい気分の林もあります、という。谷をはさんだ向う側の林だった。なんだか今見てきた大樹の残像があって、その林がいいというのがわからず、ぼんやりと見ていた。谷を距てているから遠くもあるし、ごく普通のような景色としか思えない。ただ、ここはそろって幹がまっすぐだった。斜に傾いだ気がない。遠見はことに、垂直の中の斜めはよくわかるのだが、それがなかった。だから行儀がいいのだが、まさかそれが取柄というわけでもなかろうに、と思ううち気が付いた。行儀のいいものは上品だが、しばしば活気に欠けることが多い。それをここは元気に茂っている、といった感じがある。
「その通り、この林は元気です。老樹と、中年壮年の木と、青年少年の木と、そして幼い木と、全ての階層がこの林では揃って元気なのです。将来の希望を託せる、こういう林が私たちには一番、いい気持に眺められる林なんです。」

幸田文『木』「ひのき」より


 ラジオ録音機能付ICレコーダーでラジオを録音し始めて、ちょっと値は張ったもののいいものを買ったと思っている。手始めに録音しておいたNHKラジオ第2の「朗読の時間」を片手間に聞いてみる。作品は幸田露伴の「あやしやな」「露団々」で、露伴もこういう作品を書いていたんだと意外な感じがする。そして今はちょうど『五重塔』をやっている。

 それでふと幸田文の本が積読になっていることを思い出して引っ張り出してきたのがこちら。幸田文に出会ったのも、川端康成と似ていて、現代文の参考書か何かだった。それは一見何気ない文章だったのだが、力強くはきはきとしていて、いいなと思わせてくれた。

 この『木』は、父親露伴の教えで草木に関心を持ってきた著者が、おもしろい木があると聞くと出かけていき、日本各地の木を前にして思ったことがつづられている。
 一番最初に収録されているのが「えぞ松の更新」であり、えぞ松の倒木更新を見に行った折りの体験が記録されている。これには参ってしまった。北海道の森という厳しい生育環境の中で、木が倒れるとその上が次の世代にとって格好の成長の場所となる。かつての木を思わせるように、一直線に若木が生えるのだという。

 次世代へのバトンのような受け取り方もあるだろうが、実際に見たことのない私には、一見静的な木の世界にも生々しい生存競争が繰り広げられているんだとどきりとする。グロテスクな感じさえする。

 だが、著者は古株に触れて発見をする。新木に抱かれるような朽ちた古株が温みを持っていたというのだ。それは確かに生死の境目が消える瞬間だったのだろう。その感動がストレートに伝わってきて引き込まれた。

 次の「藤」は、草木に関心を持つようになったルーツを探りながら、露伴の思い出を語ったもので、口うるさい父親としたたかな娘のやりとりに笑ってしまう。

 上に引用した「ひのき」の一節は人間の社会にも通じているような気がする。特に今の日本を思うと残念な思いにとらわれる。

 興味を惹かれたらどんな苦労をしても行ってみて見て触ってみる。その行動力や執念には舌を巻く。体験に裏打ちされた言葉だから真に迫るものがある。木の姿を通してさまざまな命の姿を見せてくれる、すばらしい作品だった。
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