深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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川端康成『古都』
古都 (新潮文庫)古都 (新潮文庫)
川端 康成

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「千重子は、北山杉の村へいくのが好きやな」と、母は言った。「なんでどす」
「杉がみな、真直ぐに、きれいに立って、人間の心もあんな風やったら、ええなと思うのどっしゃろか」
「そんなん、千重子とおんなじやないの」と、母は言った。
「いいえ、まがったり、くねったり……」
「そら、そうやな」と、父が口を入れた。「なんぼ素直な人間かて、いろいろ考えるもんや」
「……」
「それでええのやないか。北山杉みたいな子は、そらもう可愛いけど、いやへんし、いたとしたら、なんかの時に、えらいめにあわさるのとちがうやろか。木かて、まがっても、くねっても、大きなったらええと、お父さんは思うけど……。こない狭い庭の、あのもみじの老木を見てみ」
「千重子みたいなええ子に、なにお言いやす」と、母は少し気色ばんだ。
「わかってる、わかってる、千重子は真直ぐな娘なのは……」
 千重子は中庭に顔を向けて、しばらくだまっていたが、
「そのもみじみたいな強さ、千重子には……」と、声にかなしみがふくまれて、「もみじの幹のくぼみに生えてる、すみれくらいのもんどすやろ。あ、すみれの花が、いつのまにや、なくなってしもた」
「ほんに……。来年の春は、きっとまた咲きまっせ」と、母は言った。
 うつ向いた千重子の目は、もみじの根かたの、キリシタン灯籠にとまった。うちからの明りでは、朽ちた聖像はよく見えなかったが、なにか祈りたいようだった。
「お母さん、千重子はほんまは、どこで生まれたんどす」
 母は父と顔を見合わせた。
「祇園さんの桜の花の下でや」と、太吉郎はきっぱり言った。

川端康成『古都』


川端康成の文章に触れるようになったのは、いつかの現代文のテストに「雪国」の一節が出てきたからだ。それは列車の窓に映る女を見ているという有名な「夜光虫」の下りだった。

それはあまりほめられた行為ではないはずであるが、美しいと思った。そのイメージは今でも焼き付いている。

それから何度か川端作品に挑んできたが、実のところ、いい読者ではなかった。「雪国」も内容となると記憶が覚束ない。「眠れる美女」や「みずうみ」といったセンセーショナルな作品に刺激を受けるのが関の山といったところだった。
しかし、あの鮮烈な体験が忘れられず、こうして懲りずに挑戦したくなってしまう作家なのだ。

この作品は、捨て子ではあるものの京都の呉服問屋に大事に育てられた千重子が、双子の妹苗子と出会う。互いに惹かれあいながら、北山杉の村で働く苗子は千重子に遠慮し、頑なに身を引こうとする。

 移り行く京都の四季を描きながら、双子の再会と別離を描いたこの作品。とはいってもストーリー性は薄く、京都の年中行事や名所、風景を映し出した作品ととられることもあるようだ。

 冒頭で庭に咲いた二もとのすみれを取り上げ、そのすみれが出会うことはあるのだろうかとするエピソードが取り上げられ、はっきりと物語を暗示するよう。動くことのできる双子は劇的な再会を果たすものの、二人の歩みは重なり合うことがない。心もとなく、哀しい雰囲気に包まれている。

 千重子は「すくすくと真っ直ぐに伸びた杉」に憧れる。後に出会う苗子は北山杉の村で奉公する女性で、自然の中で伸び伸びと育ってきたような力強さを持っている。そこに千重子が苗子に惹かれていく部分があるのかもしれない。ところが苗子はその杉の真っ直ぐさは、人が手を加えて人工的に作り出したものだとして、なじめないという。

 その千重子も傍からは素直な子と見られている。作られた不自然さといえば、千重子の家族は仲睦まじいけれども、千重子は捨て子であることを割り切れないでいる。

 なかなかうまく捉えられないが、京都も人間の作り出したものだ。かといって死んでしまっているわけでもない。人間の営みの一つのミニチュアとして京都を描き出したのかなあという感じがする。

 作者の川端康成はこの作品を執筆中に睡眠薬漬けになって、意識朦朧とする中、書き上げたという。そのせいとはいえないけれど、この小説は可憐でどこか不安定だ。しかし、しっとりとした透明感のある雰囲気をたたえた、月並みだけれどやはり美しい小説で、割かし楽しんで読むことができた。
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