深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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手塚治虫『火の鳥』
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手塚 治虫

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虫たちは
自然が
決めた
一生の
あいだ
………

ちゃんと
育ち
たべ
恋をし
卵を産んで
満足して
死んでいくのよ

人間は虫よりも
魚よりも
犬や猫や
鳥よりも
長生きだわ

その一生の
あいだに……

生きている
喜びを
見つけられれば
それが
幸福じゃ
ないの? 

手塚治虫『火の鳥1 黎明編』


 1年ぐらいかけて手塚治虫作品をいくつか読んできたが、満を持して「火の鳥」に再挑戦することにした。

 今でこそごく普通にSF作品に触れることができるようになったが、子どもの頃はSFが苦手だった。「流線型にシルバー」な世界、ぴっちりとしたスーツを着た人物たちは奇異に映った。アンチユートピア的な未来が描かれることも多く、巨大ロボットをはじめとする進んだ科学技術に恐れを抱く小心者だったのかもしれない。

 それに対して馴染み深かったのは過去の世界。私たちが生きている世界とは大きく異なっているものだとしても、それはかつて存在した世界であり、「今」とのつながりを感じさせた。奇想天外な話を受け入れる想像力がなかったのだ。

 だから子どもの頃に図書館で「火の鳥 黎明編」を読んだときは胸が躍った。日本の起源についての一説をベースにしたストーリーは。グズリの裏切りとヒナクの無残な姿には胸を痛めながらもどきどきした。主人公に見えたナギのあっさりとした死は衝撃だった。閉鎖された空間で生きる人間にはあわれさとたくましさを感じ、そこから脱け出そうとするタケルの挑戦にはハラハラとした。

 次の巻では日本武尊を思わせるそのタケルが大活躍するストーリーが幕を開けるのだろうと勝手に考えていた。ところが次の「未来編」を手にした私の前に繰り広げられたのは、宇宙の青と金属の銀色の世界、滅亡寸前の地球の成れの果てだった。がっかりした私はそこで読みさしてしまった。

 NHKで『火の鳥』がアニメ化されたとき、今度こそはと意気込んだ。しかし日曜19時半という時間帯はリアルタイムに追いかけるには辛いものがあり、いつのまにか熱は冷めていた。

 もしあの時、身勝手な予想が外れたからといって投げ出さず、せめて「未来編」を読んでみるだけの我慢強さがあったらと思う。この「未来編」で「火の鳥」の全体が見えてくる。遥か遠い未来は過去と接続し、円環となる。ずっと先に起こることがずっと昔のことだったかもしれないのだ。思い込みの激しかった子どもの私もこの構想には度肝を抜かれたろう。

 手塚治虫は過去の物語を時間通りに、未来の物語を遡りつつ交互に描き、現代において二つの軸が交差させる予定だったという。これまで手塚治虫のことを漫画のパイオニア的な存在としか思っていなかった。たまたま携帯電話を換えたことから手塚作品に触れるようになり、単なる先駆者ではないという思いは次第になって濃くなっていった。そしてこの「火の鳥」では降参するほかなかった。圧倒された。

「黎明編」や「未来編」に続いてすごいのは、やはり「鳳凰編」「異形編」「太陽編」だと思う。

「鳳凰編」では、隻腕の盗賊我王とその彼に腕を奪われた男茜丸の二人がそれぞれ仏師となり、宿命的に己の腕を競い合うことになるという物語。やけになり悪事を繰り返す我王がある出会いをきっかけに生命の根源に触れていくのに対し、権力側に利用され、次第に世俗にまみれていく茜丸。

 大仏建立という史実を交じえて描かれるストーリーは隙がなく、他の編と比べても完成度が高いように思う。特に我王が迷いを解いていくシーンは1ページを大きく使ったコマ割りを使い、強烈な印象を残す。『ブッダ』でもそうだったが、神秘的な体験をお茶を濁して済ますのではなく、正面から描き切るのがすごい。


「異形編」は、比丘尼の首を落とすというショッキングな幕開けで、アニメで見た時も衝撃を受けた。時間がループするという構造は物語全体とも似ていて、他のストーリーとも関連が深く、短いながら印象に残る。比丘尼の謎が明かされていく展開がスリリング。


「太陽編」は未完となったこの大作で、完結している最後の物語ということになり、分量も多い。白村江の戦いで敗れ、狼の顔をかぶせられた百済の王族の血を引く青年が日本に亡命し、犬上宿禰となって壬申の乱に巻き込まれていく物語と近未来を舞台に光とシャドーの抗争を描く物語とを交互に描くもの。

 未来と過去から現代に向かって物語をつむぐという構想から外れてしまったこと、仏教に造詣の深かった手塚が仏教を敵として描いたこと、悲しい結末を迎えつつもループする時間から脱け出していく主人公たちが描かれるなど、問題作として話題になってきた。

「鳳凰編」でもそうだったが、仏教にシンパシーを感じながらもそれが政治的に利用されることに危険を感じていたのかもしれない。色々な読み方を許す度量の深さがあると思う。


「未来」の作品には触れてこなかったが、永遠の命の難しさを描いた「復活編」や『星の王子さま』を使ったラストが印象的な「望郷編」なども好きだ。
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