深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
手塚治虫『陽だまりの樹』
陽だまりの樹 (1) (小学館文庫)陽だまりの樹 (1) (小学館文庫)
(1995/05)
手塚 治虫

商品詳細を見る

わかっている……

おれの意志じゃ
ないっ……
おれと関係なく
世の中が変って
いくんだ!!

手塚治虫『陽だまりの樹 第6巻』


「三百坂」という坂を駆け上らされる平時の武士の姿を描いた冒頭のエピソードは、この作品、そして主人公の一人伊武谷万二郎を特徴づける印象的なエピソードだと思う。

 最初に「週刊手塚治虫アプリ」でこのエピソードを読んだときの印象は地味だなというものだった。しかし全巻を読み終えた今は不思議と心に残っている。

 この作品は、手塚治虫の先祖であり、東大医学部の前身となったお玉ヶ池種痘所の開設に尽力した手塚良庵らの蘭方医たちの姿が描かれている。
 また同時に、良庵と会えば喧嘩ばかりしているが気の合う無骨一辺倒の武士伊武谷万二郎を通して、時代に翻弄され消えていった男たちの姿を描いている。

「陽だまりの樹」とは、藤田東湖が万二郎に語る徳川幕府の姿。陽だまりの中で大きく育ち立派に見える大木も中身は虫に食い荒らされていた。そこを倒れゆく幕府に重ねている。


 何といっても魅力的なのは万二郎だ。万次郎と史実との関わりがとても丁寧に描かれていて、万次郎という人間が本当にいたのではないかと錯覚してしまうほど。

 何でもない小藩の士ながら火事場での統率力を買われ、ハリスの護衛役となったり、農兵隊の指揮官に抜擢されたりする。

 その一方で一度会うことができた藤田東湖に心酔し、橋本佐内、西郷隆盛、勝海舟、山岡鉄舟などの有名人たちと交わり、安政の大獄に連座したりする。

 作中で自他ともに指摘するように何とも要領が悪い。

 そして恋愛面でも不器用。何年も片思いした女性を寝取られ、父親の仇の妹を好きになってしまう。

 極めつけは、大政奉還が行われた後になって、君側の奸を取り除こうと決起し、戦火の中に消えていく……。

 その生き方は見ていて歯がゆいものかもしれないし、格好よくもないかもしれない。しかし、その姿は清々しく共感を喚ぶ。

 変わっていく時代に戸惑いながらも、何かをなそうと、大切な何かを守ろうとして、なすすべもなく消えていった人たちがいたのだろう。

 そういった歴史の狭間に消えていった人間たちに温かいまなざしを寄せ、メインロードの人間に噛み付くところが痛快でもある。このあたりは池波正太郎の幕末物を思わせる。

 万次郎が出陣する場面は文句のつけようのない物語のクライマックス。


 一方の良庵にはこれほどのドラマは用意されていないが、人々の迷信や御用医師たちからの迫害にさらされながら、種痘所の開設に尽力した人物たちの様子がわかり興味深い。

 また遊び人である良庵を通して、当時の市井に生きる人々の姿が活きいきと、とても丁寧に描かれていて、印象に残っている。


 今まで読んだ手塚治虫の作品の中でも地味な作品。だけれどかなり好きな作品の一つ。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://deepseafishtank.blog123.fc2.com/tb.php/264-1be027a0
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。