深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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カート・ヴォネガット『ジェイルバード』
ジェイルバード (ハヤカワ文庫 SF (630))ジェイルバード (ハヤカワ文庫 SF (630))
(1985/09)
カート・ヴォネガット

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 エレベーターにむかう途中で、わたしはフランスドアの跡にできた殺風景な壁の前を通りかかった。つかのま、わたしは立ちどまった。唇が、一瞬自分でも理解できないなにごとかをつぶやいた。それから、やっとわたしは、唇がどんな言葉をいったにちがいないか、どんな言葉をいわずにいられなかったかをさとった。
 その言葉とは、もちろん――「ボン・ナペッティ」

カート・ヴォネガット『ジェイルバード』


 私はあまりヴォネガットのよい読者ではないのだが、古本屋で本書を見つけ「訳者あとがき」を読んでいると、ヴォネガット自身が『タイタンの妖女』や『ローズウォーターさん、あなたに神のお恵みを』などと同等の評価をしていることを知り読んでみることにした。

 本書はウォーターゲート事件で囚人(ジェイルバード)となったウォルター・スターバックが釈放されてからの足取りを追いながら、自らの人生を振り返っていく形をとった小説。

 19世紀の労働争議に始まり、労働運動の盛り上がりとサッコ=ヴァンゼッティ事件という国家の抑圧、戦後の赤狩りなどを描きながら、次第に超巨大資本RAMJACコーポレーションと主人公の接点が浮かび上がっていく。
 ヴォネガットの語りはあいかわらず笑えるものだとしても、やっぱり時間があっちにいったりこっちにいったりする複雑な展開を追うのは時間が変わりちょっと疲れてしまう。

 ところが半分ほど読み進めたところから急に面白くなった。スターバックが釈放された後、独りでニューヨークに戻ってハーヴァードの学生だったころ女の子をディナーに誘ったホテルへやってくる。しかしそこは連れ込み宿になっていた。

 学生だったころの初々しさと現在の対比が、そして上に引用した主人公のセリフが皮肉で、ほろ苦さに締め付けられる。

 その後の禁煙を破ってしまう夢を見た主人公のくだりなども笑ってしまうぐらいおかしいのだけれど、人生の悲哀とでもいうものに満ちている。


 その直後、主人公はもう一人のガールフレンドと偶然の再会を果たし、思わぬ栄転を遂げる。だが世界で一番金持ちのその女性は不幸せな女性だった。

 その女性が迎える皮肉な結末と主人公とのやりとりはもう泣くしかない。


 これほど愉快に語るヴォネガットがアメリカ社会に抱く絶望は深い。荒波に翻弄されるような主人公たちの姿は悲しい。けれど、主人公のスターバックは救われた感じがある。

 それらの入り交じった読後感は、やりきれなさが残る他の作品よりもよくて、今まで読んだヴォネガット作品の中でも好きな作品の一つになった。
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