深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ヨーゼフ・ロート『聖なる酔っぱらいの伝説』
聖なる酔っぱらいの伝説 (白水Uブックス)聖なる酔っぱらいの伝説 (白水Uブックス)
(1995/08)
ヨーゼフ ロート

商品詳細を見る

 その日いちにち、彼は酒場をはしごした。心はすでに安らかだった。要するに奇蹟はいっときのことで、それはとっくに終了した。もはや呼び返すすべがない。とすれば奇蹟以前に立ちもどるまでのこと、落ちぶれるのが身の定め、飲み助であってどこが悪い――しらふにはわかりっこない覚悟だった!――アンドレアスはセーヌの川岸に立ちもどった。この橋の下が終のすみか。

"cite">ヨーゼフ・ロート『聖なる酔っぱらいの伝説』


『果てしなき逃走』というタイトルに魅せられて、図らずもヨーゼフ・ロートという作家の名前を知ることになったことは、だいぶ前に書いた。

 このオーストリア=ハンガリー帝国という故国を失いヨーロッパを転々としたユダヤ人作家の手頃な短編集が、白水Uブックスに入っていると知り読んでみることにした。

 本書には、表題作「聖なる酔っぱらいの伝説」のほかに、「四月、ある愛の物語」と「皇帝の胸像」の全3編が収録されている。「聖なる酔っぱらいの伝説」は映画化されていて、評価も高いようだ。
「聖なる酔っぱらいの伝説」は、パリの宿なし酔いどれのアンドレアスが行き会った紳士からお金を貸そう、礼拝堂の聖テレーズ像に返してくれればよいという申し出を受けるところからはじまる。

 アンドレアスは他人様のお金だとは承知しつつ、昔なじみの女と出会ったりして飲み歩き、お金を酔いつぶしてしまうのだが……。

『果てしなき逃走』のストイックな文体とは打って変わり、コミカルで軽やかさの感じられる文章になっている。主人公のアンドレアスも意志の弱い人間だけれど、絶えず義務を果たそうとする律儀さは持っていて好感が持てる。

 それにしても、この世界に受け入れられている感覚の幸せさはなんだろう。本来はつまはじきにされてしかるべき宿なしの酔っぱらいが周囲に溶け込んで調和している。それが心地よい。

 それは故国を失い、同じく酒に溺れていたという作者の見た夢だったのだろう。そして訳者の池内紀さんが解説でフランツ・ブライを引用しているが、それは現実では得られないものだった。

 とても暖かみのある作品だけれど、最後に付け足された作者の願いの言葉を読んでいると切ない気持ちになる。


『四月、ある愛の物語』は、ある男がある町へやってきて、二人の女性をめぐるささやかな恋をし、また一人で新天地を求めて去っていくまでを描いた短編。

 私はここに収録されている3編の中で、この作品がいちばん好きだ。

 春という季節のせいか、匂い立つような町の雰囲気や、新しい土地にきたという語り手の浮き立つような心が伝わってくるような軽やかな筆の運びが鮮やか。

 話の筋は滑稽なものだが、やや上から目線だった語り手が町に居場所を得られない悲しさを無理矢理に押し込めようとするところがある。

 そのつよがりに少し寂しさを感じるけれど、ニューヨークという理想の血を目指して旅立っていくさまは力強くて、読後感がよい。


 wikipedia によれば、ヨーゼフ・ロートは、シオニズムを支持しながら、第一次大戦で解体されたオーストリア=ハンガリー帝国に理想を見ていた。

「皇帝の胸像」は、そんなオーストリア=ハンガリー帝国への懐郷の想いを作品にしたもの。

 オーストリア皇帝を慕い続けたモルスティン伯爵を主人公に、帝国解体後の世界になじめない伯爵が皇帝の胸像を墓地に葬るという象徴的な行為を描いている。

 過去を美化して現実から目を背ける伯爵の姿が最初は鼻についた。しかしロートのことを少し知ってから改めて読んでみると印象が変わってくる。

 ロートは多民族が共存していたオーストリア=ハンガリー帝国を理想としていた。多くの民族が調和する理想の国への思いが伯爵をとおして率直に語られている。

 実際にはユダヤ人への迫害などもあったのだろうが、民族自決、民族国家へと動いていく世界の動きには耐えられなかったのかもしれない。シオニズムを支持したに感じていた矛盾も、胸を熱くさせるものがある。

 前2編とは異なり、しっとりとした文章も悲しみを誘う。
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://deepseafishtank.blog123.fc2.com/tb.php/230-5717bdb5
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。