深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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円地文子訳『源氏物語 巻5』
源氏物語 5 (新潮文庫 え 2-20)源氏物語 5 (新潮文庫 え 2-20)
(2008/10)
紫式部

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 かの大将の君は、長年の慣行で、秋の深まる頃は宇治へお出かけになるのだったが、今も寝ざめごとに亡き人のことが忘れられず、悲しいことばかりお思い出しになるので、宇治の御堂が出来上ったとお聞きになると、御自身でお出かけになった。久しく御覧にならなかったこととて、山の紅葉も珍しくご覧になる。取りこわしたもとの寝殿の後に、今度は新しい寝殿が晴れがましく建っている。昔はひどく質素に、いかにも聖めいたお方のお住居らしかったことを思い出すと、亡き八の宮の御事が恋しく思い出されて、模様替えをしたことも残念に思召すので、常よりはいっそうしみじみと御覧になる。昔の宮のお住居は、御仏を安置して大そう荘厳であったし、別棟のほうは、姫君たちのために女らしく細々と調度を整えるなど、二通りに分けて設えてあったのが、その網代屏風や何やかやや無骨な調度は、今度の御堂の僧房のものにと特に寄進なさった。そして寝殿のほうは山里にふさわしい調度類を特別に作らせて、それほど質素でもなく大そう清らかに奥ゆかしくお造り上げになった。
 大将の君は、遣水のほとりにある岩にある岩に腰掛けておいでになったが、急には立ち上りかねて、
  絶えはてぬ清水になどか亡き人の
    面影をだにとどめざりけむ
 と涙をぬぐって、やがて弁の尼君のほうへお立ち寄りになると、尼をお見上げするなり、こみ上げる悲しみを堰きかねて、ただひたすら泣いている。

円地文子訳『源氏物語 巻5』「東屋」より


 またまた間が空いてしまったしまいましたが、ようやく円地訳源氏物語全5巻を読み終えた。過去の記事はこちら(巻1巻2巻3巻4)。

 読み出すきっかけになった「源氏物語千年紀 Genji」はとっくに終わってしまったけれど。ちなみにアニメは須磨の辺りで中途半端に終わってしまいましたが、おおむねよかったと思います。

 この旧版版最終巻には「早蕨」から「夢浮橋」までが収録されています。ちなみにリンク先の新版は6分冊のため、まだ続きます。
「雲隠」の帖で光源氏の死が暗示され、物語はいわゆる「宇治十帖」と呼ばれる新しい展開を見せる。

 物語の中心となるのは柏木と女三の宮との間に生まれた不義の子薫。宇治を舞台に、出生の秘密に苦悩する薫、明石の姫君の息子匂宮、そして光源氏の弟八の宮の忘れ形見の姫君たちの間の恋模様が繰り広げられる。

 この宇治十帖だけれど、これまでとは少し趣が異なるものの、個人的には光源氏の物語よりも好きかもしれない。

 何といっても各帖のつながりがよりはっきりしていて大体一つのストーリーとして感じられる。また舞台が宮中を離れダイナミックに展開し、庶民的な人物の登場も増え当時の雰囲気がより伝わってくる。

 よい薫りを発するという匂宮と薫二人の設定もいい。個人的には薫のほうが好きだったので、傍若無人な匂宮にはいらいらさせられ通しだったけれど。

 薫の性格は仏道を志しながら一向に出家することもなく、大君一筋かと思えば中の君や浮舟に目移りする。そこが優柔不断と呼ばれるところかもしれないが、共感しやすかった。

 特に好きなのは、「総角」の帖で、大君が死んでしまうところは何ともあっけないが、その喪失感が真に迫って感じられる。


 今をときめくような人物たちでさえ、思い悩み失敗していく姿を見ていると、人生のままならなさをつくづくと思い知らされる作品だった。

 時間はかかったけれど、一度は挑戦してみたかったので完走できてよかった。そして思ったよりもずっと楽しめた。

 円地訳は和歌を言葉どおりに訳すのではなく、大胆にその意味・心情を汲み取って訳しているので、その点が気になったけれど、その点以外は比較的読みやすいと思う。

 本当はいつかは原文でといいたいけれど、訳文でもなかなか人物の把握が難しいので、よほど本腰をいれないとだめだろうなという気がする。
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