深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
エッカーマン『ゲーテとの対話 中』
ゲーテとの対話 中 (2) (岩波文庫 赤 409-2)ゲーテとの対話 中 (2) (岩波文庫 赤 409-2)
(1968/01)
エッカーマン

商品詳細を見る

「これからも人は、家畜に餌をあたえ、人間に飲み物や食べ物を好きなだけあたえてくれる者を神として崇拝するだろう。しかし私は、この世に生みふやしていく力をあたえた者を、神として崇拝するのだ。その力の百万分の一だけでも生命があたえられれば、世界は生物でいっぱいになり、戦争も、ペストも、洪水も、火事も、その世界をどうすることもできない。これこそ私の神だ!」

エッカーマン『ゲーテとの対話 中』


 上巻(エッカーマン『ゲーテとの対話 上』)に続いて、中巻まで読了。中巻では、1828年からゲーテが没する1832年までの対話が収められている。

 その内容は、上巻に続いて「色彩論」を読んで議論を交わしたり、ゲーテ畢生の大作「ファウスト」の第2部を構想などを語り合う場面が描かれる。その他に、ゲーテの息子のイタリア行に筆者が同行した際の印象が描かれている。

 この対話が行われた当時のゲーテは80歳前後であるのに、全く衰えを感じさせず、健康そのものといった感じで仕事に打ち込んでいるのが印象的。上に引用した神に対する考えも、ゲーテの生命力の強さを感じるところです。

 死の前年まで「ファウスト」を構想していて、その進行状況を語りながら、今読むことのできる姿に近づいていくところもおもしろいです。

 そんなゲーテも、エッカーマンが「色彩論」に反論すると急に不機嫌になってしまったというエピソードも面白い。詩に関してはその偉大さがすぐに理解されたのに対して、「色彩論」は常に反対意見にさらされてきたので批判に敏感なのだと、エッカーマンが冷静に分析しているのが何とも可笑しい。


 その他、デモーニッシュなものについて語った部分も興味深いのですが、最後に引用するように上巻、中巻ともに詩などを創る場合に、観察することを重視しているのが印象的。独創的に見える詩も、作者が意図して作り出したものではなく、注意深い観察の末に世界の中に発見したものなのかもしれないなと思った。

「たしかに世界は、平地にいるときと、前山の頂きにいるとき、また原始山脈の氷河の上にいるときでは、ちがって見えるだろう。ある立場にたてば、世界の一角は他の立場におけるよりもよく見えるだろうが、しかしそれだけのことで、ある立場における方が別の立場よりも正しいなどとはいうことはできない。そのために作家は、自分の人生のそれぞれの年代に記念碑を遺そうとするならば、生れつきの素質と善意を手放さないこと、どの年代でも純粋に見、感じること、そして二次的な目的をもたず、考えたとおりまっすぐ忠実に表現すること、それがとくに大切だ。そのようにして彼の書いたものが、それが書かれた年代において正しければ、いつまでたっても正しいものとして通用するだろうよ。たとえ作者が後日、自分の思いどおりにどのように発展し、変化しようとも。」

エッカーマン『ゲーテとの対話 中』

コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://deepseafishtank.blog123.fc2.com/tb.php/20-0c7a6725
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
作家に関する最新ブログ、ユーチューブなどネットからの口コミ情報をまとめてみると…
2007/11/22(木) 22:30:53 | クチコミコミュニケーション
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。