深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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中島義道『カントの読み方』
カントの読み方 (ちくま新書)カントの読み方 (ちくま新書)
(2008/09)
中島 義道

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 以上の、事情から、カントを読むには特殊技術は要りませんが、技術以前の心構えが必要だと言えましょう。

(一)わからないところは「わからない」と認め、けっしてわかったつもりにならないこと。
(ニ)絶えず「こういうことではないか」という仮説を立ててみること。
(三)その仮説にしたがって、他の所も総合的に読めるか否か確認すること。
(四)常識を大切にすること。常識に反した議論に直面したら、それを「高級なこと」だとは考えずに、「ヘンだ」と考えること。

中島義道『カントの読み方』


 ふと中島義道氏の新しい著作が目に留まったので読んでみることにした。氏の著作は『時間を哲学する』以来。

 本書は多くの人がカントの『純粋理性批判』に取り組みながら挫折していくのは当然だとし、なぜ『純粋理性批判』が難しいのかという点を洗い出しながら、カントの自我論を読み解いていくもの。

 氏には『カントの自我論』という本がすでにあるが、このちくま新書版では次の点が異なるという。カントは『純粋理性批判』の初版が誤読されたことで、第二版では大幅に手を加えた。前著では第二版を基にしたのに対し、本書では初版をベースにしたとしている。

 カントを読んでいても自然と個人的な問題意識が反映していくものであるが、本書はできるだけ素直に『純粋理性批判』を読もうと試みたものだという。
『純粋理性批判』が難しいのはカントがわかりやすく書こうとした結果難しくなってしまう類いの本であるからだという。余計な部分がなく構造的に書かれているという。

 そして同じ単語でも今と昔では中心となる意味が異なっているという。たとえば主体といった意味の“Subjekt”も、当時の哲学界では構文的な意味が議論とされることも多く、主語という意味を常に念頭に置いておかなければならないという。

 そういった前提を把握していなければカントに挑戦して挫折するのも当然なのだという。

 著者は丁寧にカントを読み解いてくれているが、それでも正直にいって難しい。カントは内的なものを特別視せず、内的なものも外的なものも区別しなかったということだろうか。

 と理解のほうは覚束ないものの、カントは決して難解なことは言っているわけではなく、深遠な思想を語っているのでもなく、当たり前のことを語っているのだというメッセージは伝わってきた。

 以前読んだカントの倫理学を扱った岩波新書の『悪について』も骨の折れるものだったが、とても印象深い一冊だったからまた挑戦したい。

『カントの自我論』と比較して読んでみるのもいいかもしれないなと思う。
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