深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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山本七平『昭和東京ものがたり』
静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)
(1997/11)
山本 七平

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 はじめて軍艦を見たあのときのことを思い出すと、今も印象に残るのが、連合艦隊を見ても、みな見物しているだけで、だれも感動も賛美もしていなかったことである。いまの人には逆に意外かもしれないが、昭和のはじめには、日本にまだ強く「軍艦」の気風が残っていた。もっともそれは、少なくとも庶民感情としては、「平和主義」といった感じではなかったと私は思っている。
 それはむしろ「身分不相応」といった感じなのである。戦前には「分」という意識がきわめて強かったことは「知足安分」ですでに述べた。「足るを知って己が分に安んずる」を当然としていた人たちは、それに反する行為をひどく嫌った。たとえば春木のおジイさんに背広をあげても、絶対に着なかったであろうと思う。漁師が、背広・ネクタイ・ワイシャツで櫓を押すなどということは、気が狂わないかぎり絶対にしないことであった。といってそれは決して、自分を卑下していたことではない。立派な漁師は立派な漁師としてのプライドをもって、「己が分」に即応した服装をしても、「身分不相応」な背広を着るようなことは絶対にしなかったということである。

山本七平「昭和東京ものがたり」


 ライブラリー版の『静かなる細き声』に併録されているこのエッセイ。戦前の昭和の姿を振り返っている。

 著者が二歳にもなっていなかった関東大震災から二・二六事件までの十数年。少年の目を通して戦前の人々の暮らしが活写されている。

 特に、糞尿の汲み取り屋や風呂の屋根を修理するブリキ屋、避暑地先で世話になった漁師など多彩な職業に従事する大人たちの姿が印象的。

「聖書の旅」でも感じたことだが、著者のエッセイは目のつけるところがおもしろく、実に細かい点まで観察している。個々の章も短く気軽に読めて、楽しい作品。
 読み進めていると、昔は大人たちの働く姿が身近なものだったんだなと思う。家の中にもいろんな職業人が出入りしているのがわかる。

 著者の言う通り、今では子どもが「おとなの世界」を垣間見る手段はずっと多いのかもしれないが、人が働いている姿を直に見るのは減ったんだろうなと思う。

 引用したところのように、大正から昭和にかけての人々の生活は牧歌的なのどかさがある。しかし昭和になって世の中が次第に慌しく、また暗いものになっていったことが感じ取れる。そこには「どこから日本は変わったのか」という問いがあるということだ。

 十五年戦争といっても満州事変で景気がよくなり、庶民にとっては戦争という印象はなく、世の中は明るくなったという。

 それなのに何故世の中が乱れたかについて、著者は「みんなが貧乏なのには耐えられても一部が金持ちになり自分が取り残されるのには耐えられないのだという答えをしている。

 この回答はちょっと意外な感じがしたけれど、そういうところはあるのかもしれないなと思う。
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