深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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山本七平「静かなる細き声」
静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)
(1997/11)
山本 七平

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 人の生涯はさまざまであろう。外面的には、幸運な人もいようし、不運な人もいるであろう。しかし晩年になってみれば、おそらくその人の外面的な運不運に関係ないものが、一言でいえば、振り返って生涯に何の悔いもない「恵まれた生涯か否か」が、自ずとその人に現れてくるのであろう。そしてそれは、求めれば与えられるのであり、その人のこう不幸とは結局それだけであろうと思う。

山本七平「静かなる細き声」


 ここ最近立て続けに読んでいる山本七平氏の著作だが、この自伝的なエッセイがあると知り読んでみた。著者の最晩年の作品らしい。

 前半部分ではキリスト教徒だった著者が、信仰に関係した、幼い頃の体験をつづっている。そして後半部分では尊皇思想に話題が移り、「現人神の創作者たち」のダイジェスト的な内容になっている。

 タイトルは幼い頃、著者の家を訪れる長崎先生という人物の声を表現した部分から。耳が遠いその人の静かな声が場をなごやかにするのが印象的だったと振り返っている。
 その長崎先生がむごい死に方をした。そして死の原因となった耳の不自由さは先生が牧師であった頃、娼婦をかくまったことで暴漢になぐられたことが原因だったと知る。

 しかしその後、著者が長崎夫人に出会った時、思わず「ああいう顔になりたい」ともらしてしまったという。そして上の引用文につながる。

 どのような「不幸」に遭っても、にじみ出てくるような人格的な魅力を身につけた人もいるし、幸せたりうるという部分には感銘を受けた。

 あまり信仰のことを語らない著者だが、本書では伝道という言葉がよく使われているのが印象的だった。。著者が日本人に伝えよたいことがあったのだろうと思う。

 また「あとがきにかえて」でご子息の良樹さん「擬似絶対主義」の危険性を指摘するが氏をエリヤになぞらえ、本書の前半部分と後半部分が無関係でないことを指摘されていて、大変興味深かった。
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