深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
林京子『祭りの場/ギヤマン ビードロ』
祭りの場・ギヤマン ビードロ (講談社文芸文庫)祭りの場・ギヤマン ビードロ (講談社文芸文庫)
林 京子,川西 政明

講談社
売り上げランキング : 136309

Amazonで詳しく見る

 人間にハエがたかる。うじ虫がわき人間をつつく。「人間の尊厳」を傷つける事実が目の前で起る。戦争は自然の摂理をあからさまに教えてくれる。人間を焼くには生がわきの薪が最適なことも知った。火つきは悪いが、火さえつけば充分乾燥した薪より火力が強い。火もちがいいから生焼けがない。芯から焼ける。肉は薪と区別がつかない。幾分黒いが、灰に変り、落葉搔きで大地にならせば完全に同化する。
 焼くと腹が音をたててはじける。脂肪が飛び火の粉が後を追って舞いあがり、空中で脂に点火する。予想外の闇の広範囲に、いきなり炎が燃える様は、あぶり出しの絵がらを期待する気持と同じで楽しい。
 美しいと見入ってしまう。そのうち「そろそろ爆ぜるな」華麗な炎の一ときを心待ちするようになる。

林京子「祭りの場」より
 林京子さんの本を読むことになったのは、取りも直さず講談社文芸文庫に収録されていたからだ。『青い小さな葡萄』もそうだけれど、当時講談社文芸文庫は高嶺の花だった。だから新古書店で安く出ているのを見つけると、いくぶん腹いせも交じっていたが、僥倖とばかりに作者も内容も気にせずとりあえずレジまで持っていくのが習いだった。

 そんなわけだから特段作者のことを知っているわけでもなく、部屋の片隅に置いたままになっていた。ところが、片付けの際に、ふと取り出してぱらぱらと眺めると、長崎の被爆体験がモチーフになっているらしい。

 ここ最近「夏の花三部作」も読んだことだし、つながりで読んでみるのもおもしろいかと思い、部屋の片付けもそこそこに読み始めたのだった。

[林京子『祭りの場/ギヤマン ビードロ』]の続きを読む
スポンサーサイト
山本周五郎『天地静大』
天地静大 上巻 (新潮文庫 や 2-68)天地静大 上巻 (新潮文庫 や 2-68)
山本 周五郎

新潮社
売り上げランキング : 688956

Amazonで詳しく見る

天地静大 下巻 (新潮文庫 や 2-69)天地静大 下巻 (新潮文庫 や 2-69)
山本 周五郎

新潮社
売り上げランキング : 681172

Amazonで詳しく見る by AZlink

 人間にはそれぞれの性格があるし、見るところも考えかたもみんな違っている。一人ひとりが、各自の人生を持っているし、当人にとっては自分の価値判断がなにより正しい。善悪の区別は集団生活の約束から生れたもので、「人間」そのものをつきつめて考えれば、そういう区別は存在しない。人間の生きている、ということが「善」であるし、その為すこともすべて「善」なのだ。
「なにをするかは問題ではない。人間が本心からすることは、善悪の約束に反しているようにみえることでも、結局は善をあらわすことになる」

山本周五郎『天地静大』


『ただいま浪人』の他にもう一冊、伯母さんが貸してくれた本があった。よい機会なので、こちらも読んでみることにした。

『男の作法』でも書いたように、私は学生の頃、歴史小説というと司馬遼太郎ばかり読んでいて、他には吉川英治を時々読む程度だった。

 それでもさすがに山本周五郎は『赤ひげ診療譚』と『樅の木は残った』だけは読んだことがある。特に『樅の木は残った』は強烈な印象を与えてくれた。しかし、やはりアンチヒーロー的な作風は地味で、他のジャンルへ関心が移っていったこともあって、それきりになってしまった。というわけで、久しぶりの周五郎作品。
[山本周五郎『天地静大』]の続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。