深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
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永井荷風『すみだ川』
すみだ川・新橋夜話 他一篇 (岩波文庫)すみだ川・新橋夜話 他一篇 (岩波文庫)
永井 荷風

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 土手へ上った時には葉桜のかげは早や小暗く水を隔てた人家には灯が見えた。吹きはらう河風に桜の病葉がはらはら散る。蘿月は休まず歩きつづけた暑さにほっと息をつき、ひろげた胸をば扇子であおいだが、まだ店をしまわずにいる休茶屋を見付けて慌忙て立寄り、「おかみさん、冷で一杯。」と腰を下した。正面に待乳山を見渡す隅田川には夕風を孕んだ帆かけ船が頻りに動いて行く。水の面の黄昏れるにつれて鴎の羽の色が際立って白く見える。宗匠はこの景色を見ると時候はちがうけれど酒なくて何の己れが桜かなと急に一杯傾けたくなったのである。

永井荷風『すみだ川』


「夏の花三部作」に続いて、iPhone のアプリ「豊平文庫 無料版」を使って、青空文庫の収蔵作家をつらつらと眺めていると永井荷風の名前が目に留まった。

 青空文庫の存在を知ったときには、たぶん入っていなかったと思うので、そうかもう荷風の著作権も切れたんだと驚かされる。

 荷風は新潮文庫の『墨東綺譚』を読んだきりだけれど、『「世間」とは何か』などでも取り上げられているような人となりに興味があって、『断腸亭日乗』などはいつか読んでみたいと思っていた。
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原民喜「夏の花三部作」
夏の花・心願の国 (新潮文庫)夏の花・心願の国 (新潮文庫)
原 民喜

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 馬車はそれから国泰寺の方へ出、住吉橋を越して己斐の方へ出たので、私は殆ど目抜の焼跡を一覧することが出来た。ギラギラと炎天の下に横はつている銀色の虚無のひろがりの中に、路があり、川があり、橋があつた。そして、赤むけの膨れ上つた屍体がところどころに配置されてゐた。これは精密巧緻な方法で実現された新地獄に違ひなく、ここではすべて人間的なものは抹殺され、たとへば屍体の表情にしたところで、何か模型的な機械的なものに置換へられてゐるのであつた。苦悶の一瞬足掻いて硬直したらしい肢体は一種の妖しいリズムを含んでゐる。電線の乱れ落ちた線や、おびただしい破片で、虚無の中に痙攣的の図案が感じられる。だが、さつと転覆して焼けてしまつたらしい電車や、巨大な胴を投出して転倒してゐる馬を見ると、どうも、超現実派の画の世界ではないかと思へるのである。国泰寺の大きな楠も根こそぎ転覆してゐたし、墓石も散つてゐた。外廊だけ残つてゐる浅野図書館は屍体収容所となつてゐた。路はまだ処々で煙り、死臭に満ちてゐる。川を越すたびに、橋が墜ちてゐないのを意外に思つた。この辺の印象は、どうも片仮名で描きなぐる方が応はしいやうだ。それで次に、そんな一節を挿入しておく。

ギラギラノ破片ヤ
灰白色ノ燃エガラガ
ヒロビロトシタ パノラマノヤウニ
アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキメウナリズム
スベテアツタコトカ アリエタコトナノカ
パツト剥ギトツテシマツタ アトノセカイ
テンプクシタ電車ノワキノ
馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ
ブスブストケムル電線ノニホヒ 

原民喜「夏の花」


 以前は文庫本を常に持ち歩いていたものだけれど、立原道造の「萱草に寄す」のところや「フランクリン自伝」にも書いたように荷物を少しでも減らすために、出先での空き時間は iPhone のアプリ「豊平文庫」や「iBooks」でテキストデータ化された作品を読むようにしています。

 何をダウンロードするか、作家リストをずらずらと眺めていたところ、ふと目に跳び込んできたのが原民喜の名前。私の好きな作家の一人である大江健三郎がよく言及する作家でもあるのに、恥ずかしいことに「夏の花」すら読んだことがなかった。

 今年は、福島第一原子力発電所の放射能漏れ事故が起こったこともあり、「夏の花三部作」といわれる「夏の花」「廃墟から」「壊滅の序曲」ぐらいは読んでおかないとまずいような気がしたのでした。
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