深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
スタン・ギビリスコ『独習 電気/電子工学』
独習 電気/電子工学独習 電気/電子工学
Stan Gibilisco,矢沢 久雄,日向 俊二

翔泳社
売り上げランキング : 156419

Amazonで詳しく見る

 ある周波数において、すべての4つの経路の音波がたまたま聞き手の耳に正確に同じ位相で到達するものとします。その周波数の音はボリュームが大きくなるでしょう。この周波数の倍音でも、同じ位相になります。その結果、アンチノードと呼ぶ音響的なピークとなり、元の音を歪ませる結果になるので好ましくありません。他のある特定の周波数では、波は逆位相になる可能性もあります。これをノードまたはデッドゾーンと呼び、音が聞こえない領域ができます。聞き手が位置を移動すると、影響を受ける周波数のボリュームがすべて変化します。これだけではなく、ほかの周波数でも別のアンチノードとノードが存在するでしょう。
 音響の設計で最も大きな挑戦のひとつは、重大なアンチノードとノードを回避することです。家庭のHi-Fiシステムでは、これは単純で、音波が天井、壁、床、家具から反射する程度を最小にするだけです。天井には音響タイルを使い、壁は壁紙かコルクタイルを貼り、床にはじゅうたんを敷き、家具は布張りにすることができます。大きい講堂やコンサートホールでは、音が伝わる距離が長いこと、そして聴衆の体でも反射することなどから、問題はさらに複雑になります。

スタン・ギビリスコ『独習 電気/電子工学』


 ラジオ付きICレコーダー(ICR-RS110MF)を買って、久しぶりにラジオを楽しむ生活を始めた。アナログ放送終了とともに地デジ難民化しそうでもあり、アンテナのこととか一度詳しく知りたいと思っていた。

 知人の中にもオーディオに凝って自分でスピーカーを自作したり、ラジコンを走らせて楽しんだり、電子工作もひとつの趣味の世界として成り立っているので、色々深く知っていったらおもしろい世界なんじゃないかなと思っていた。

 というわけで学生時代以来、電気のことを全く触れてもこなかった私だが、無謀にも500ページ超もある本書に挑戦してみることにしたのだった。
[スタン・ギビリスコ『独習 電気/電子工学』]の続きを読む
スポンサーサイト
小林秀雄『考えるヒント3』
考えるヒント 3 (文春文庫 107-3)考えるヒント 3 (文春文庫 107-3)
小林 秀雄

文藝春秋
売り上げランキング : 69423

Amazonで詳しく見る

 昨日の事を後悔したければ、後悔するがよい、いずれ今日の事を後悔しなければならぬ明日がやって来るだろう。その日その日が自己批判に暮れるような道を何処まで歩いても、批判する主体の姿に出会う事はない。別な道が屹度あるのだ、自分という本体に出会う道があるのだ、後悔などというお目出度い手段で、自分をごまかさぬと決心してみろ、そういう確信を武蔵は語っているのである。それは、今日まで自分が生きて来たことについて、その掛け替えのない命の持続感というものを持て、という事になるでしょう。そこに行為の極意があるのであって、後悔など、先き立っても立たなくても大した事ではない、そういう極意に通じなければ、事前の予想も事後の反省も、影と戯れる様なものだ、とこの達人はいうのであります。行為は別々だが、それに賭けた命はいつも同じだ、その同じ姿を行為の緊張感の裡に悟得する、かくの如きが、あのパラドックスの語る武蔵の自己認識なのだと考えます。これは彼の観法である。認識論ではない。

小林秀雄『考えるヒント3』「私の人生観」より


『Xへの手紙・私小説論』でも書いたとおり、日本の批評をわかりにくくした元凶のように言われていたのをいいことに、自分には手には負えないだろうと思って小林秀雄はあまり読んでこなかった。

 ところがタイトルに惹かれて何となく手に取った「考えるヒント」は思っていたよりかはずっと読みやすいものだった。そしてそのまま続けて買った「考えるヒント2」はやはり難しかった。だけれど、とてもおもしろかった。

「考えるヒント2」のインパクトがあまりにも大きかったので、なかなか続きを読む力が湧かなかったけれど、今回古本屋で三巻目を安く見つけたら現金なもので、読んでみようという気になった。
[小林秀雄『考えるヒント3』]の続きを読む
マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』
これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学これからの「正義」の話をしよう――いまを生き延びるための哲学
マイケル・サンデル,Michael J. Sandel,鬼澤 忍

早川書房
売り上げランキング : 56

Amazonで詳しく見る

 分配の正義のよりどころを道徳的功績に求めないという考え方は、道徳的には魅力的だが、人びとを不安にさせる。この考えが魅力的なのは、それが実力主義の社会につきものの独善的な前提、つまり成功は美徳がもたらす栄誉であり、金持ちが金持ちなのは貧乏人よりもそれに値するからだという前提をくつがえすからだ。ロールズが指摘しているように、「自分が才能に恵まれ、社会で有利なスタートを切ることのできる場所に生まれたのは、自分にその価値があるかだといえる人はいない」。われわれがたまたま、自分の強みを高く評価してくれる社会に生きているのも、われわれの手柄ではない。それを決めるのは運であって、個人の徳ではない。
 いっぽう、正義は道徳的功績とは関係ないとする考えが不安をあおる理由は、それほど簡単には説明できない。職やチャンスを得るのは、それに値する人間だけだという信念は根深い。(中略)
 この根強い思い込み――成功は徳への見返りであるという信念は、単なる思い違いであり、われわれを呪縛している神話なのかもしれない。運の道徳的恣意性に関するロールズの指摘は、この信念に大きな疑問を投げかけている。それでもロールズとドゥウォーキンが示唆しているように、正義に関する議論を功績をめぐる論争から切り離すことは、政治的にも哲学的にも不可能なのかもしれない。その理由を説明してみよう。
 第一に、正義は名誉とかかわっていることが多い。分配の正義をめぐる論争では、誰が何を得るかだけでなく、名誉や見返りにふさわしい資質は何かかが議論される。第二に、組織が自らの使命を定義してはじめて、評価すべき能力が決まるという考え方は混乱を招く。正義をめぐる論争にはよく、学校、大学、職能団体、専門家団体、公的機関といった組織が登場するが、彼らはみずからの使命を好き勝手に決めていいわけではない。少なくともある程度は、その組織が奨励している善に制約される。ロースクールや軍隊、オーケストラが持つべき使命にはつねに議論の余地があるが、何でもよいわけではない。組織によって、ふさわしい善がある。それを無視して役割を割り当てることは、ある種の堕落につながるだろう。

マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』


 昨年から何かと話題になっている本で、哲学の本がこんなに売れているのは何でだろうと思っていた。どうもNHKで放送されたテレビの公開講義から火がついて話題になったらしい。

 そんな事情には全く疎く何かよく見かけるなという程度だったのだけれど、副題になっている「いまを生き延びるための哲学」という言葉に惹かれて、読んでみたいなと思うようになった。

 原題はそのものずばりの「正義」で、何が正しいかということを問題にしている。あまり深く意識したことはなかったけれども、「法律はいかにあるべきか、社会はいかに組み立てられるべきか」という問題と密接に関わっている。というわけで、哲学といってもとても身近に感じられる話題が豊富に含まれている。
[マイケル・サンデル『これからの「正義」の話をしよう』]の続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。