深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
ルイス・ガースナー『巨象も踊る』
巨象も踊る巨象も踊る
(2002/12/02)
ルイス・V・ガースナー

商品詳細を見る

 大規模な組織で文化がどのように形成され、進化していくのか、わたしはひとつの考えをもっている。成功している組織はほぼすべて、その組織の偉大さをもたらず要因を強化する文化を確立している。この文化は、それが形成されたときの環境を反映している。環境が変わったとき、文化を変えるのはきわめてむずかしい。そして、文化が組織の適応能力を制約するきわめて大きな障害になる。

ルイス・ガースナー『巨象も踊る』


 新古書店などでもよく見かける本書。評判もよさそうなので手にとってみた。

 本書は、1993年に危機的な状況にあったIBMのCEOに就任し、その劇的な再建を果たした著者が当時を振り返った自伝的な作品。

 印象的なタイトルは、中小企業は身軽で美しく大企業は鈍重で醜いという通説に反対し、体の大きな象も軽やかなステップを踏めるようにしなければならないという著者の信念からとられている。

 全体的に淡々とした調子で、当時の状況を臨場感を持たせて、面白おかしく語るといった感じの本ではなかった。
[ルイス・ガースナー『巨象も踊る』]の続きを読む
スポンサーサイト
ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』
銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎銃・病原菌・鉄〈上巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
(2000/09)
ジャレド ダイアモンド

商品詳細を見る
銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎銃・病原菌・鉄〈下巻〉―1万3000年にわたる人類史の謎
(2000/09)
ジャレド ダイアモンド

商品詳細を見る

 ニューギニアとメソポタミアの肥沃三日月地帯からはいろいろと教えられることが多い。まず、ニューギニアの狩猟採集民は、肥沃三日月地帯の狩猟採集民と同じように、自分たち独自の方法で自発的に食料生産をはじめていた。しかしニューギニアの農業は、栽培化可能な穀類やマメ類、家畜化可能な動物が野生種として生息していなかったために、高地に居住していた人びとをタンパク質不足におとしいれてしまった。栽培化可能であった根菜類が高地では充分に成長しない品種であったことも、ニューギニアの農業の足かせとなった。とはいえ、ニューギニア人が自分たちの生活環境に分布している動植物について無知だったわけではない。彼らは、今日地球上で暮らすどの民族にも負けないくらい、自分たちが入手可能な野生動植物について充分な知識を持ち合わせていた。その点を考慮すると、ニューギニア人は、栽培化に値する野生植物はひとつ残らず見つけて、試せるものは試したと推測できる。サツマイモが伝わったときにニューギニア人がどうしたかを見れば、新種の作物を自分たちのものにする能力が彼らにあったことは明らかである。今日のニューギニアにおいても、新しく伝わった農作物や家畜を真っ先に手に入れられる部族や、そうしたものを取り入れようとする意欲のある部族の人びとが、新種の作物の受け容れに意欲的な文化的土壌のなかで、そうする意欲のない部族や新しい作物を入手できない部族を犠牲にしながら、自分たちの農耕エリアを拡大している。つまり、ニューギニアの人びとが独自に誕生させた食料生産システムの展開が制約された原因は、この地域の人びとの特性にあったわけではなく、この地域の生物相や環境要因にあったのである。

ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄 上巻』


 進化について調べていたときに著者の名前を知って、ピューリッツァー賞受賞ということもあり読んでみたいと思っていた一冊。

 本書は進化生物学の専門家である著者があるニューギニア人の発した「なぜ私たちは何ももたないのか」という問いに答えようとしたもの。

 その問いは富や権力の偏在がなぜ存在するのか、より端的にはある集団だけがタイトルにもなっている「銃・病原菌・鉄」を持ち、他集団を席巻することができたのかと言い換えられる。

 著者がこの人類史の難題に挑むのは、この差異はある人種が生物学的に優れているから生じたという説明がついてまわるからだ。そして人種差別を正当化するような発言を招いている、そういった問題意識がある。
[ジャレド・ダイアモンド『銃・病原菌・鉄』]の続きを読む
デール・カーネギー『話し方入門』
話し方入門 新装版話し方入門 新装版
(2000/09)
D. カーネギーDale Carnegie

商品詳細を見る

 スピーチの準備とは、気のきいた言葉を集めて、それを書きとめたり記憶したりすることでしょうか? いいえ。では、自分にとって実際はほとんど心に響いてこないような意見の数々を、思いつきで集めることでしょうか? とんでもない。それは、あなたの思い、あなたの考え、あなたの信念、あなたの望みを、組み立てることなのです。そういう思いや願望を、あなたは持っているのです。目ざめている間はいつもそれは胸のうちにあり、どうかすると夢の中でさえ、たくさんの思いがうごめいています。存在のすべてが、感情と経験で満ちているとも言えるでしょう。それらは潜在意識の奥深く、海辺の小石のように厚い層を成しているのです。スピーチの準備とは、考えること、さらに深く考えること、思い出すこと、最も心を引かれるものを選び出すこと、それらに磨きをかけて一つのパターンにまとめ、あなたの独自のモザイク模様を作ることです。それほどむずかしそうではないでしょう? 必要なのは、多少の集中力と目的意識を持った思考だけです。

デール・カーネギー『話し方入門』


「人を動かす」「道は開ける」で有名なデール・カーネギー。本書は話し方教室を開いていた彼が臆せずにスピーチに臨む方法を説くもの。

 長く読み継がれてきただけあって、今でも古びていないよい本だと思う。スピーチに限らず、文章を含め他人に何かを伝えるという面に応用がききそう。

 リンカーンなどの演説の名手に言及しながら、スピーチの切り出し方、まとめ方、わかりやすい話し方など、さまざまな技術がまとめられている。
[デール・カーネギー『話し方入門』]の続きを読む
大竹文雄『経済学的思考のセンス』
経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)経済学的思考のセンス―お金がない人を助けるには (中公新書)
(2005/12)
大竹 文雄

商品詳細を見る

 構造改革や財政再建のためには、失業率上昇という「痛み」に耐えることが必要かもしれない。しかし、「失業率上昇という痛み」の期間はできるだけ短いほうがいい。それに、「痛み」が犯罪の増加や自殺の増加という、より深刻な副作用をともなわないような、雇用政策の「改革」が急務である。「痛み」を一部の失業者にだけ押しつけることによって、多数の失業しなかった人々は、「痛み」を感じないですむ。そのため、企業の経営危機や国の財政が悪化した時には、リストラや歳出カットによる失業率上昇政策のほうが、ワークシェアリングや増税による雇用創出より選ばれる可能性が高い。しかし、失業率上昇には、犯罪や自殺の増加というより深刻な「社会的な痛み」が存在する。この「社会的な痛み」は、やがて社会不安という大きなコストとして、私たちに跳ね返ってくることを忘れてはならない。

大竹文雄『経済学的思考のセンス』


 タイトルから想像していた内容とは少し違ったけれど、とてもおもしろい本だった。

 著者のいう「経済学的思考のセンス」とはインセンティブから人の行動を見るという視点、そして相関関係から安易に判断を下さず、その背景にある因果関係を探り出す力のこと。

 本書の前半では、なぜ理想の結婚相手に「身長の高い人間」という条件が入るのか、プロ野球の制度改革といった身近な問題が経済学の視点からどう見えるかが扱われている。
[大竹文雄『経済学的思考のセンス』]の続きを読む
根井雅弘『物語 現代経済学』
物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ (中公新書)物語 現代経済学―多様な経済思想の世界へ (中公新書)
(2006/07)
根井 雅弘

商品詳細を見る

 マーシャルは、人間性は進歩するという信念をもっていたが、彼が生きていた時代においては、「経済騎士道」の精神がすべての人々に浸透しているとはとても言い難かった。それゆえ、例えば、性急な「集産主義」(今日の言葉では、ほぼ「社会主義」の意味)のプログラムが成功する見込みは薄いと判断していた。たしかに、若き日のマーシャルは、社会主義たちの「社会福祉に対する骨の折れる私心のない献身」を深く尊敬し、経済学研究の所期に社会主義関係の文献(カール・マルクスやF・ラサールなど)を読んだといわれているが、結局、社会主義の教えに与することはできなかった。なぜなら、社会主義の理想を実現するには「経済騎士道」精神が必要なのだが、それはいまだに人々のあいだに浸透していなかったからである。それゆえ、彼は、次のように結論づけたのである。


 自由企業の下にある世界は、経済騎士道が発展するまでは、完全な理想から程遠いだろう。しかし、それが発展するまでは、集産主義の方向へのどんな大きなステップも、現代の程よい進歩率の維持にとってさえ由々しい脅威である。

根井雅弘『物語 現代経済学』


 本書はマーシャルやケインズ、ガルブレイスなどの経済学者を取り上げながら、現代経済学のあまり知られていない側面を紹介したもの。

 その背景には、「市場原理主義」的な考えが主流となる中で、それに対して疑問を投げるものが一笑に付されるような状況に対する危機感がある。

 そしてかつての経済学はもっと多様性を抱えたものであり、現代の経済界もその多用性を取り戻し、自らの考えを「相対化」する思想にも寛容であるべきだと主張している。
[根井雅弘『物語 現代経済学』]の続きを読む
岡崎久彦『戦略的思考とは何か』
戦略的思考とは何か (中公新書 (700))戦略的思考とは何か (中公新書 (700))
(1983/01)
岡崎 久彦

商品詳細を見る

 戦争の発端は偶発事件で、そこでお互いの思惑がからんで事態が発展して戦争になる。戦争が始まった以上事の勢いである程度いきつくところまでいかねばらない、しかしそこから先、国家、民族の存亡を賭けるかどうかというかということになると、まあ適当なところで手を打とうということになる――これはきわめてありふれた戦争のかたちです。
 むしろ、ここで我々が考え直さねばならないのは、核兵器の発達と東西のイデオロギー的対立、それから第二次大戦の記憶がまだ新しいために、人類の破滅に至る戦争とか、世界最終戦争とか、もう世の中はすっかり変ってしまった、というような考えに圧倒されてしまって、千古不易の戦争の本質というものを見落しがちだったということです。

岡崎久彦『戦略的思考とは何か』


 戦略というと最近は専ら企業戦略の話になるけれど、本書は日本の外交戦略、安全保障戦略について書かれたもの。

 日本のナイーヴで楽観的な外交と戦略性のなさを日本人は論理的思考に弱いからと指摘し、主に歴史と地理的要因からその戦略論を語っている。

 著者は、極東を支配する力の構造は英米といったアングロ・サクソン系とロシアという二極構造であるとし、ここさえ押さえておけば大きな失敗はないという。
[岡崎久彦『戦略的思考とは何か』]の続きを読む
山本七平『昭和東京ものがたり』
静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)
(1997/11)
山本 七平

商品詳細を見る

 はじめて軍艦を見たあのときのことを思い出すと、今も印象に残るのが、連合艦隊を見ても、みな見物しているだけで、だれも感動も賛美もしていなかったことである。いまの人には逆に意外かもしれないが、昭和のはじめには、日本にまだ強く「軍艦」の気風が残っていた。もっともそれは、少なくとも庶民感情としては、「平和主義」といった感じではなかったと私は思っている。
 それはむしろ「身分不相応」といった感じなのである。戦前には「分」という意識がきわめて強かったことは「知足安分」ですでに述べた。「足るを知って己が分に安んずる」を当然としていた人たちは、それに反する行為をひどく嫌った。たとえば春木のおジイさんに背広をあげても、絶対に着なかったであろうと思う。漁師が、背広・ネクタイ・ワイシャツで櫓を押すなどということは、気が狂わないかぎり絶対にしないことであった。といってそれは決して、自分を卑下していたことではない。立派な漁師は立派な漁師としてのプライドをもって、「己が分」に即応した服装をしても、「身分不相応」な背広を着るようなことは絶対にしなかったということである。

山本七平「昭和東京ものがたり」


 ライブラリー版の『静かなる細き声』に併録されているこのエッセイ。戦前の昭和の姿を振り返っている。

 著者が二歳にもなっていなかった関東大震災から二・二六事件までの十数年。少年の目を通して戦前の人々の暮らしが活写されている。

 特に、糞尿の汲み取り屋や風呂の屋根を修理するブリキ屋、避暑地先で世話になった漁師など多彩な職業に従事する大人たちの姿が印象的。

「聖書の旅」でも感じたことだが、著者のエッセイは目のつけるところがおもしろく、実に細かい点まで観察している。個々の章も短く気軽に読めて、楽しい作品。
[山本七平『昭和東京ものがたり』]の続きを読む
カール・シャピロ、ハル・バリアン『ネットワーク経済の法則』
「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針「ネットワーク経済」の法則―アトム型産業からビット型産業へ…変革期を生き抜く72の指針
(1999/06)
カール シャピロ、ハル・R. バリアン 他

商品詳細を見る

 一八〇〇年頃の本の製作者と一九八〇年頃のビデオ制作者は、市場の劇的な成長の可能性を考えようとしなかった。お金持ちのエリート相手の仕事に慣れきっていた出版社は、大衆は何かおもしろい読み物が与えられれば、その読み書きの能力が劇的に向上するということを予見できなかった。ハリウッドの制作者たちは、人気のあるコンテンツがVTR向けに用意されたとき、VTRがマスマーケット向けの製品になるということを認識しなかった。出版社と映画制作者は自分たち「自身の」業界は理解していたが、その補完製品の業界事情を理解していなかったのである。
 制作者が自分たちの知的財産を「守る」ために神経質に「なり過ぎる」傾向が強いのは無理もないことであろう。肝心なのは自分が持っている知的財産における「価値の最大化」であって、保護のための保護ではない。売るときあるいは貸すときに、財産の少しの部分を失うことがあっても、それはビジネスをする上で一種のコストであって、減価償却、在庫損失、廃棄品などと同じようなものである。

カール・シャピロ、ハル・バリアン
『ネットワーク経済の法則』


 本書は情報産業に働いている原則をまとめたもの。「戦略ガイド」ということで経営学的な面も踏み込んでいる。

「トレンドは追いかけない」ということで、文字通り根源的な市場のモデルを追求している。ネットワーク経済とはいってもベースになるのは既存の経済学のモデルである。

 しかし生産には非常にコストがかかる一方、コピーにはほとんど費用がかからないといった面や一度慣れ親しんだシステムからの移行にかかるスウィッチング・コストの高さ、それに伴うロックイン戦略の重要性などが分析されている。

 顧客から得られる利益は、スウィッチング・コストと自社の製品が持つ優位性の合計と考えればいいというのは興味深かった。
[カール・シャピロ、ハル・バリアン『ネットワーク経済の法則』]の続きを読む
山本七平「静かなる細き声」
静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)静かなる細き声 (山本七平ライブラリー)
(1997/11)
山本 七平

商品詳細を見る

 人の生涯はさまざまであろう。外面的には、幸運な人もいようし、不運な人もいるであろう。しかし晩年になってみれば、おそらくその人の外面的な運不運に関係ないものが、一言でいえば、振り返って生涯に何の悔いもない「恵まれた生涯か否か」が、自ずとその人に現れてくるのであろう。そしてそれは、求めれば与えられるのであり、その人のこう不幸とは結局それだけであろうと思う。

山本七平「静かなる細き声」


 ここ最近立て続けに読んでいる山本七平氏の著作だが、この自伝的なエッセイがあると知り読んでみた。著者の最晩年の作品らしい。

 前半部分ではキリスト教徒だった著者が、信仰に関係した、幼い頃の体験をつづっている。そして後半部分では尊皇思想に話題が移り、「現人神の創作者たち」のダイジェスト的な内容になっている。

 タイトルは幼い頃、著者の家を訪れる長崎先生という人物の声を表現した部分から。耳が遠いその人の静かな声が場をなごやかにするのが印象的だったと振り返っている。
[山本七平「静かなる細き声」]の続きを読む
須賀しのぶ『流血女神伝 帝国の娘』
帝国の娘 (前編) (コバルト文庫―流血女神伝)帝国の娘 (前編) (コバルト文庫―流血女神伝)
(1999/07)
須賀 しのぶ

商品詳細を見る

帝国の娘〈後編〉―流血女神伝 (コバルト文庫)帝国の娘〈後編〉―流血女神伝 (コバルト文庫)
(1999/09)
須賀 しのぶ

商品詳細を見る

 自分は誰よりも、この国のことを愛している。憂えている。ドミトリアスは、そう思っている。だからこそアルゼウスに期待もし、また嫉妬もする。
 カデーレの生活で、彼に甘えを許さないのは、もちろん一刻もはやく皇帝候補として相応しい人物になってほしいからだ。しかし同時に、自分自身の境遇へのいらだちから、半ば幼い弟にあたっている部分も否めない。
(醜いな、おれは)
 ドミトリアスはおのれを笑った。

須賀しのぶ『流血女神伝 帝国の娘 後編』


「天翔けるバカ」シリーズ」(『天翔けるバカ―flying fools―』『天翔けるバカ―We Are the Champions―』)を読んでおもしろいなと思っていたちょうどその頃、「流血女神伝」シリーズも完結したという噂を聞いて読んでみることにした。

 この「帝国の娘」編は歴史をベースにした架空の世界を舞台に、皇帝の座をめぐる争いに巻き込まれていく少女カリエの姿を描いている。

 ルトヴィア帝国の辺境で育ったカリエは突然目の前に現れた男エディアルドにさらわれる。帝国では皇帝候補を一ヶ所に集め競わせる慣例があるが、候補の一人で病弱なアルゼウスの影武者となることを強いられる。

 突然の事態に激しく抵抗するカリエだったが、自身や育ての親の死を免れるには受け入れるほかなかった。エディアルドによる3ヶ月の過酷な教育に堪えたカリエは見事に影武者となり、3人の皇子が待つ皇子宮に入場することになる……。
[須賀しのぶ『流血女神伝 帝国の娘』]の続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。