深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
シモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』
自由と社会的抑圧 (岩波文庫)自由と社会的抑圧 (岩波文庫)
シモーヌ・ヴェイユ,冨原 眞弓

岩波書店
売り上げランキング : 255750

Amazonで詳しく見る

 真の自由を規定するのは、願望と充足の関係ではなく、思考と行為の関係である。はたす行為のいっさいが、めざす目的と目的達成にみあう手段の連鎖とにかかわる先行判断から生ずるとき、その行為者は完全に自由だろう。行為じたいの難易のほどは重要ではない。成功で飾られるかどうか否かさえ重要ではない。苦痛と失敗は行為者を不幸にすることはできても、行為の機能をみずから掌握している行為者をはずかしめることはできない。

シモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』


つい最近、ヴェイユの『根をもつこと』に挑戦してみたことを書いた(『根をもつこと 上巻』『根をもつこと 下巻』)。難解でうまく消化できていないものの、ヴェイユの高潔な人柄には強く惹かれるものがあった。

 そこで『根をもつこと』の理解の助けになるかもしれないと思い、もうひとつの主著といわれる、この『自由と社会的抑圧』を読んでみることにした。

 この短い論考は、1934年、ヴェイユが25歳のときもので、20世紀の人々が希望を託した「革命」というものの内実を問い、人間が抑圧から解放されうるのか、真の自由とは何かということを考察していくもの。
[シモーヌ・ヴェイユ『自由と社会的抑圧』]の続きを読む
スポンサーサイト
シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと 下巻』
根をもつこと(下) (岩波文庫)根をもつこと(下) (岩波文庫)
シモーヌ・ヴェイユ,冨原 眞弓

岩波書店
売り上げランキング : 34647

Amazonで詳しく見る

 現代人の心のなかで偉大さの構想と意味のまったき変革を完遂させずとも、ヒトラーを偉大さから追放できると信じたりするのは、国家的な憎悪に眼をくらまされてりうがゆえの幻想である。しかし、この変革に貢献するには、個々の人間がみずからのなかで変革を完遂させていなければならない。ひとりひとりの人間が、まさにいまこの瞬間から、偉大さの感覚の方向性を修正して、みずからの魂のなかでヒトラーの懲罰を始めることができる。これはなまなかな覚悟ではできない。大気圏の圧力とおなじく重く包み込んでくる社会的圧力が、こうした努力に抵抗するからである。最後までやってのけるには、精神的に社会の外側にわが身を追放せねばならない。だからこそプラトンは、善を識別する能力は神の直伝をうけて救霊を予定された魂のなかにしか存在しない、といったのだ。

シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと 下巻』


 上巻に続いて『根をもつこと』の下巻を読んでみる。この下巻には、第3部の「根づき」が収められている。

 フランスの本土回復を前に、深い傷を負ったフランス国民に霊感を吹き込み、フランス再建へ向けての行動を起こす原動力を与える方法が考察されていく。

 以下メモ。
[シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと 下巻』]の続きを読む
シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと 上巻』
根をもつこと(上) (岩波文庫)根をもつこと(上) (岩波文庫)
シモーヌ・ヴェイユ,冨原 眞弓

岩波書店
売り上げランキング : 84782

Amazonで詳しく見る
 更新が滞っておりだめだなと思いつつ、時間ばかりすぎてしまいます。ここ最近はシモーヌ・ヴェイユの『根をもつこと』を読んでおりました。

 新刊本のコーナーでこの本を見かけたときに何て魅力的なタイトルだろうと思って、手に取ると前から関心のあったシモーヌ・ヴェイユの著作だということで、以来ずっと読みたいなと思っていた。

 私は何となく根無し草のような自分を感じてきた。地面に根を下ろす重い生き方を選ぶのは恐ろしい。流されるまま飛んでいけるほうが何となく気楽に思うことができる。といっても、生まれてこの方、ひとところにとどまっているの私なのだけれど。

 そういうわけで「根をもつ」という言葉からイメージされるような生き方に憧れに近いものがあったのかもしれません。

[シモーヌ・ヴェイユ『根をもつこと 上巻』]の続きを読む
『葉隠』
葉隠〈1〉 (中公クラシックス)葉隠〈1〉 (中公クラシックス)
(2006/06)
不明

商品詳細を見る

葉隠〈2〉 (中公クラシックス)葉隠〈2〉 (中公クラシックス)
(2006/07)
不明

商品詳細を見る

 一、わが身にかかわる重大事は、不動の決意をもって腹をすえ、まっしぐらに突き進んでやってのけないと、決着のつかないものである。大事の起きたとき、一々、人に相談していては相手にされない場合が多く、人が本当のことを言ってくれないものだ。このようなときにこそ、自分の決断が必要なのである。まず自分を熱しきった状態において、生命を捨てると決心すればそれでよい。こういうときに、うまくやろうと思うと、すぐ迷う心が出てきて、たいてい仕損じてしまうことになる。多くの場合、味方の人が、自分のためを思ってしてくれることがかえって仇となり、贔屓の引き倒しとなってしまうことがある。『葉隠 1』


『死ぬことと見つけたり』の本編はもちろんおもしろかったが、『葉隠』がおもしろてはいけないのか?と問いかける「まえがき」が心に残った。

 それまで『葉隠』にあまりいい印象を持ってなかっただけに気になって、早速読んでみることにした。

 本当は原文が収録されているものがよかったけれど、「武士道と云ふは死ぬ事と見つけたり」の一節を読んでも私にとってはかなり難解なので、現代語訳されたこの中公クラシックス版に落ち着いた。
[『葉隠』]の続きを読む
中島義道『「私」の秘密』
「私」の秘密―哲学的自我論への誘い (講談社選書メチエ)「私」の秘密―哲学的自我論への誘い (講談社選書メチエ)
(2002/11)
中島 義道

商品詳細を見る

「開かれた問題」は現実的に閉じることはできない。ただ、精緻に誠実に記述していくことによって、その言語の全体がわれわれの実感に訴え「なるほどそれが私なんだなあ」とわれわれに納得させればいいのです。
 カントは、(マニアックな論理構築物を捏造することも多いのですが)ある程度の作業に成功している。彼は多数の発話者が同じ「私」という言葉を使う場合、そこに共通項として対象的な何かがあることを徹底的に批判する。それに代わって彼が提案しているのは、「私」という言葉の共通項は、独特の「形式(Form)」だということです。

中島義道『「私」の秘密』
『人を〈嫌う〉ということ』で触れられたような私生活の秘密を暴露した本なのかしらんといささか野次馬的な気持ちで手にとった。

 実際は、「私」とは何か、という問題について考察していく哲学書だった。

 予想とは違ったけれど、『カントの読み方』はかなり難解だったので、その補完になればいいなと思って読み出した。

[中島義道『「私」の秘密』]の続きを読む
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。