深海魚の水槽
読んだ本のメモなどを残していく予定です。
ピーター・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ』
ネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまるネクスト・ソサエティ ― 歴史が見たことのない未来がはじまる
(2002/05/24)
P・F・ドラッカー

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 変化を観察することである。しかもあらゆる世界を見ていくことである。そして、それらの変化が本物の変化か、一時の変化か、自分たちにとってチャンスかどうかを考えていくことである。見分け方は簡単である。本物の変化とは人が行うことであり、一時の変化は人が言うことである。話にばかり出てくるものは一時のものである。
(中略)
 個々の事業にとっては、ほとんどの変化が意味がない。よその事業にとっては意味があっても、いまの自分たちには意味がないということはよくある。それらの変化は自分たちの市場を変えず、顧客を変えず、技術を変えない。話題にできるわけだ。ほとんどの変化は関係がない。しかし、それらの変化についてもマークしておく。他の人に読んでおいてもらう。話し合う。覚えておく。五年後何かに取り組んでいるとき、その情報が役に立つことがある。あらゆるものを見ておくことが大切である。

ピーター・ドラッカー『ネクスト・ソサエティ』


『イノベーションと企業家精神』に続いてドラッカー3作目。ドラッカーの最晩年の作品になるらしい。

 本書は文字通り、現代社会が大きな変化に直面しているとし、その社会がどのようなものかを理解し、それに対処しようというものである。

 その変化というとIT革命がまず思い浮かぶけれども、著者が第一に挙げるのが少子化による人口構造の変化だという。これにより移民の確保の必要性や、フルタイムではなくより自由な雇用形態での高齢者の就業が増えるという。

 そして単純労働の雇用を提供する製造業の地位が低下し、大学で学んだ専門的知識を利用して働く「知識型労働者」が社会の中心を占めるようになるとする。
今野緒雪『お釈迦様もみてる 紅か白か』
お釈迦様もみてる―紅か白か (コバルト文庫 (こ7-58))お釈迦様もみてる―紅か白か (コバルト文庫 (こ7-58))
(2008/08/01)
今野 緒雪

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 いつのまにか今野先生の新作が出ていることに気づいて近所の本屋に行ったのだけれど、すでに置いてなく仕方なくAmazonで購入。

「マリア様がみてる」シリーズはどの巻も楽しんで読んできた私でも、前作の「マーガレットにリボン」は伏線を消化しただけで内容が薄く思われ、どうにもだめだった。

 そんな中でこのスピンオフということで不安だったのだけど、そんな不安を吹き飛ばす面白い作品でした。さすが。

「マリみて」に比べると吹っ飛んだ濃いキャラが多く、舞台が男子校ということでほとんど男子生徒しか登場せず、軽くではあるがボーイズ・ラブの要素があるが、そういうところを許せるならば楽しんで読めると思う。

 以下ネタバレ含みます。
ピーター・ドラッカー『イノベーションと企業家精神』
イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集 5)イノベーションと企業家精神 (ドラッカー名著集 5)
(2007/03/09)
P.F.ドラッカー

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 私も成功した企業家やイノベーターを大勢知っているが、彼らの中にリスク志向の人はいない。通俗心理学とハリウッド映画によるイメージはまるでスーパーマンと円卓の騎士の合成である。イノベーションを行う人たちは小説の主人公のようではない。リスクを求めて飛び出すよりも時間をかけてキャッシュフローを調べる。
 イノベーションにはリスクが伴う。しかしスーパーへパンを買いに行くことにもなにがしかのリスクはある。あらゆる活動にリスクが伴う。だが昨日を守ること、すなわちイノベーションを行わないことのほうが、明日をつくることよりも大きなリスクを伴う。
 イノベーションは、どこまでリスクを明らかにし小さくできるかによって、成功の度合いが決まる。どこまでイノベーションの機会を体系的に分析し、的を絞り、利用したかによって決まる。まさに成功するイノベーションは、予期せぬ成功と失敗、ニーズの存在に基づくものなど、リスクの限られたイノベーションである。あるいは、新知識の獲得によるイノベーションのように、たとえリスクが大きくとも、その大きさを明らかにすることのできるようなイノベーションである。

ピーター・ドラッカー『イノベーションと企業家精神』


 ドラッカーは何から読み始めていいのかわからないので、『ドラッカー20世紀を生きて』の著作一覧を眺めて、おもしろそうなものを選んでみた。

 本書は文字通りイノベーションと企業家精神について書かれたもの。

 前半でイノベーションの契機を七つに分類して取り上げている。研究開発によるものから、社会の変化、ニッチ、偶然など様々なものがあげられている。

 そして後半では企業家精神を発揮して、そういったイノベーションを実現する方法を考察していく。
吉本隆明『情況への発言全集成2』
「情況への発言」全集成 2 1976~1983 (2) (Modern Classics新書 26)「情況への発言」全集成 2 1976~1983 (2) (Modern Classics新書 26)
(2008/03)
吉本 隆明

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「挫折」と「失望」の体験を骨髄に浸透するまで自己検討せずに済まして、またぞろ何か希望あり気な言辞がふりまかれると飛びついてしまうところに問題があるのだ。もし知識人が「挫折」と「失望」と「幻滅」の体験を深化し、これを根拠ある理論として告発し、一般化することができていたら、現在、平然と戦争と殺りくをやったり、軍事的威かくに明け暮れているような<社会主義>の理念は、矯正されているかあるいは自滅しているに違いない。どんな愚考や悪行や殺りくや誤謬にたいしても、先見的な同調さえあれば頭脳や口さきでこれを合理化する論理を造りあげて延命する羽仁老人のような知識人と、ほんとうに「幻滅」や「失望」や「挫折」を深化したことがないために、血眼になって世界中から<貧困>や<飢え>や<戦乱>を探しまわって、同情の依り所をみつけては<安堵>と<希望>をつないでいるわが既成左翼や進歩派とは、絶対的に同一なものである。

吉本隆明『情況への発言全集成2』


 偶然見つけたこの集成。『情況への発言全集成1』に引き続き二巻目読了。

 同人誌「試行」に連載されていた時評を集めたこの集成。第二巻には1976年から1983年までのものが収められている。

 前巻と同じく難しくほとんど理解できているとはいえないけれど、罵倒しまくる勢いはあいかわらずでおもしろい。
須賀しのぶ『流血女神伝 喪の女王』
流血女神伝喪の女王 8 (8) (コバルト文庫 す 5-63)流血女神伝喪の女王 8 (8) (コバルト文庫 す 5-63)
(2007/11/01)
須賀 しのぶ

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 運命の具現であるリシクは、突如、人の前に現れる。
 そして否応なく、真実を突きつける。その過酷さゆえに不吉とされたが、それは信託を受け取る人間があまりに弱いからだ。
 リシクは、いつも迷わない。常に真実の中にいる。
 タイアスのように苦しみもがき、愛情の鎖をひきずるのではなく、ただ一心に女神を愛し、女神のために生きる。
 女神がどれほど苦しみ、傷つき、変容を遂げようと、そして女神ゆえに自身の翼がもがれ、血を流し続けようと、リシクは翔ぶことをやめない。
 それは、愚かしさではなく、強靭な魂ゆえになせるわざだ。
 だとしたらやはり、全ては女神の思惑通りなのかもしれない。
 タイアスとオルは去り、リシクは残る。全ての出逢いも、別れも、これからも変わらず女神が望んだ通りに動くのかもしれない。
 しかしエディアルドを見ていると、それもまた悪くはないと思えるのが不思議であった。
 彼はきっと、リシクという役割を与えられているだけだと聞いたところで、だから何だと答えるだけだろう。いささかも動揺することなく、おのれの意志のままに行動することだろう。

須賀しのぶ『流血女神伝 喪の女王1』


 最終巻を読み終え、抜けるような青い表紙を見ていると、いろいろな感情が込み上げてきた。3ヶ月に渡って読み続けてきたシリーズもとうとう完結。

「暗き神の鎖」編に続き、流血女神伝シリーズの最後を務める「喪の女王」編全8巻読了。眠る前に少しずつ読んできたが、最後の二巻はとまらずに一気に読んでしまった。

 腹に1000番目のクナムを宿したカリエ、そして怪我から回復したばかりのエドはイーダルの保護を得てユリ・スカナに向かう。平凡に暮らそうと決意するカリエだったが、執拗にその命を狙うバルアン、その力を利用しようとするユリ・スカナの王女ネフィシカなど大国同士の抗争に巻き込まれていく……。

 今回は歴史にそれほど強くない私にも明らかに帝政ロシアがモデルとわかるユリ・スカナ王国が舞台。そしてタイトルの「喪の女王」はエカテリーナ2世を思わせるバンディーカ女王からとられている。